自宅で朝飯を食べてから、朝10:00、Yっちといっしょに日赤へ。入院手続き。新装なった広尾の日赤医療センターの病室はIDカードが無いと病室フロアに入れないようになっている。病室は4人部屋だったけどめちゃめちゃ広い。普通の病院なら6人部屋の広さだ。
病棟フロアにはラウンジがあって、見舞い人や家族はここで待つ。
検査着に着替え、力無くピースサイン。どこも具合が悪くないのに寝てみる。マスクをしてるのは風邪がまだ治らないため。検査中はなるべく咳をしないようにと言われて、かえって緊張。
まもなく看護士がやってきて体温、血圧をチェック。それから脳外科の先生がやってきて点滴開始。以後、飲食厳禁となる。予定では12時開始だったのだが、いろいろ延ばされて15時、やっと看護士から連絡を受ける。点滴スタンドを持って自分でストレッチャーに横になる。ここでYっちとお別れ。
がらがらと処置室へ運ばれる間、頭の中には「ベン・ケーシー」のテーマが流れる(古いなぁ)なにしろ入院なんて初めてなのである。氏名確認の後、頭をがちがちに固定され、そけい部の消毒、次いで手術用のビニールシートを被されて、緊張は高まる。アンギオと呼ばれるカテーテルは右の太股の根元、ちょうどリンパ腺のあたりにぶち込まれる。注射による局部麻酔の後、「行きますよぉ」の先生のご発声の後、股ぐらに鈍痛。。。いでででで。ぶっといものが突き刺さる感じはあった。痛みはすぐ消えた。助手の先生が僕の股ぐらのあたりでもそもそやってるな。。。と思ったら「よし」と言われる。
「じゃ、まずちょっと撮ります」と言われて、え?え?もうカテーテル入っちゃったの?とアセる。そのときは気が付かなかったけど、後から思うとこの時にはすでにカテーテルは頸動脈より上まで突っ込まれていたみたいね。「息止めて、動かないでぇ」といわれてじっとしてると右の目玉の裏あたりがじわっと熱くなって消えた。造影剤が流れた証拠だ。「じゃ、今度は問題の左側行きますね」と言われて今度は左側にきた。それからは何度となく角度を微妙に変えながら左側に造影剤の嵐となる。快調に撮影は進んでるなと思ったそのとき、突然先生が
「あ”あ”っ!」
と呻いた。え?え?なに?今の「あ”」ってなによ?なんですかぁ?ちょっとなんかマズいんでしょうか?と言いたかったがぐっと我慢する。あーめちゃめちゃ不安じゃん。それからふたりの先生はカンファレンスルーム?みたいな場所へ引っ込んで何事かを相談しているようだ。なんだか、「何者か」を的確に画像として捉えようとしているみたいだ。そんなことが何度も続く。右腕にはめられた血圧計はおそらく10分おきに自動的に僕の血圧を計測してるようなんだけど、たぶんもう10回以上は計測してるはずだ。ということは検査が始まってからもう2時間?
そうこうしてるうちにおしっこがしたくなってきた。「もうちょっとでいい画像が撮れるので我慢してね」と言われて涙ながらに我慢。最後に正面側から1枚撮って終了。カテーテルをずるずる引っこ抜き、そけい部のガイドを抜かれると腰のあたりになま暖かい感覚。あ、オレの血だな、と思う。その後、助手の先生がおまたを10分間圧迫。これがちょっと痛い。おまたのリンパ腺を10分間、強烈に圧迫されてると思えばよろしい。その後、2cmくらいの分厚いガーゼ?をあてがわれてから、強力粘着テープでばってんに圧着される。
病室に戻るとYっちがやや心配そう。普通は1時間足らずで終わる検査なのに3時間ですから。病室の看護士も「遅いですねぇ」心配していたそうだ。ベッドに横になるが、ここから3時間は寝返り禁止、足を曲げるのも禁止となる。我慢していたおしっこはしびんで用を足した。部屋に戻ったのが17:30だった。
夕食の献立は八宝菜と酢の物、ベーコンとほうれん草のお浸し。これにおにぎりごはん。日赤の病院食、美味いぞ。ただし、自分で起きあがれないのでYっちに食べさせて貰う。もちろん完食。もう一膳食えるな。
食事の後、Yっちは帰った。あとは寝て待て、なのだがここの病院の高級マット。腰痛持ちの僕の腰には厳しかった。仰向けで30分も経つと腰が痛くなって、いてもたってもいられなくなる。仕方なく、じわじわと腰をナナメにしてしのぐが、それもあまり持たない。なんてもぞもぞしてるのが一番辛かった。10:00消灯のころ、やっと点滴が終わり、寝返りの許可が出る。それにしても腰が痛い。あと向かいのおじさん、膵臓疾患らしく(内田のとっつぁんと同じだ)「痛い、痛い」と呻いているし、ナナメ向かいのじぃさんは日中肺から水を抜いて苦しいらしく、もの凄いいびきだ。というわけで全然眠れない。
夜中の12:00前にやっと看護士がやってきて止血確認。圧迫テープをはがしてくれた。ああ、これで眠れる。でも腰が痛いよー