AlfaRomeo 145クワドリフォリオ

2014年03月20日

ちょっとヤレてますが走行6万キロちょい、車検切れ、機関好調、現状渡しで3万円でどうだ、持ってけ!
>>AlfaRomeo 145クワドリフォリオ


トップ ▲

2CV

2013年04月05日

 友達のJunちゃんがなんと2CVを手に入れたとかで、僕の家にあった2CV関係の資料を全部あげることにした。で千駄ヶ谷の某デザイン会社へ。
 Junちゃんは生憎と会議が入っている。会議が終わるまで、2CVに乗っていて欲しいと言われる。調子がいいのかどうか確認して欲しいそうだ。もちろんお易い御用である。でもマニュアル車なんて乗るのは何年ぶりだ?大丈夫かな?とは思う。
13040501.jpg
 うーん、なつかしいこの風景。ほんと2CVの運転席って落ち着くよな。ただし、シートはヘタり気味、お尻が沈んじゃうわ、これ。クルマは最終型の2CV6 Special。チャールストンとはメーターパネルとステアリングのデザインが違う。ダッシュボードから生えているのがシフトレバー、この黒い球を押したり引いたりして、シフトチェンジする。前に、ガソリンスタンドのおねーちゃんに「このクルマどうやって運転するんですかぁ?」って聞かれたっけ?
13040502.jpg
 エンジンは暖まっていたらしく、数秒のクランキングで目を覚ました。もちろんスロットルをほんのちょっと開けて、クラッチを踏んでエンジンの負担を減らしてやる儀式も忘れずに。チョーク引かなくてもよかったね。2CVのローとリバースのギアはシンクロが弱め、慎重にシフトしないとギア鳴りするクルマが多いが、これはそれも無く、全くスムーズ。
 走り出してみると若干左に傾いてるかも?空冷フラットツインのエンジンは相変わらず低速トルクは足りないが、軽快。全然問題ないみたいね。
13040503.jpg
 2CVのウインカーは、一度倒したら自分で元に戻さなければならん。インパネのインジケータがぴこぴこ光るからそれがわかるんだけど、この個体は壊れてるみたい。リレーかな?
 千駄ヶ谷から西参道を通って明治神宮に沿って参宮橋へ。そこから代々木の駅へ回って千駄ヶ谷へ戻ってきた。ああ、やっぱり2CVは楽しいなぁ。坂道発進でちょっと緊張するのも久しぶり。いいものを手に入れましたね。


トップ ▲

ゲリラ雷雨

2012年09月01日


 今日はメンテナンス日。朝から目黒の主治医のところへ。気がつくとなんだか入道雲がもくもく。診察を終えてバス停まで歩いてきたら、やっぱりどっかん降ってきた。慌てて民家の軒下へ逃げ込む。そしたらすぐにバスがやってきたのであわてて捕まえてセーフ。電車を乗り換え駒場へ。駒場東大前の駅に着くころにはもう雨は上がっていた。ラッキー。整骨院へ行くとやっぱり豪雨だったせいで待合室はがら空き、これもラッキー。
12090102.jpg 駒場東大前のキッチン南海でカツカレー。真っ黒なカレーはキッチン南海のアイデンティティー。カウンターでは学ラン姿の東大の応援団の学生がしょうが焼きを食ってる。飯を食ったら参宮橋まで戻ってきて薬局寄って帰宅。そしたらもう一発ゲリラ雷雨が。。。ラッキー。
トップの写真はなぜか病院のバックヤードに隠し持ってるシトロエンDS21。シルバーグレイの奇麗な個体。



トップ ▲

プリザ壮行会

2012年08月03日

12080301.jpg
 タイトルだけじゃなんだかわからんと思うけど、都内某所で開かれた「プリザ」壮行会。それと内田さんの4回忌、山伏の快気祝い、いっぺちゃんの誕生会、ついでに新年会を兼ねている。集まったのはよごれ系シトロエン遣いの重鎮達。プリザ、P、Q、r。、b、Jun、GG、てんちょ、ででん、pyon、山伏、うっぺ、格、まゆだん、隆ちゃん、矢沢さん、Min^2(順不同、敬称略だから怒るなよ)。このメンツなのでまともな話になるわけでもなく。。。それにしても15年もよくやってるよ。ちなみに写真は二次会(©Jun)。この後わぎわぎちゃん(チャキわぎ≪カリン)がやってくるが酔っぱらっててよく覚えていない。。。
 それにしても「魚民」と「金の蔵」の酒はヤバい。なにかヤバいもの入ってるに違いない。


トップ ▲

プリンスとイタリア 板谷熊太郎著

2012年06月24日

大正15年生まれの僕の父は兵役に取られることはなかったが、戦後のごたごたを乗り越え、昔からの生業であった工場を継ぐことになる。工場は鍛造という方法で鉄の部品を造っていた。鉄はハンマーなどで叩いて圧力を加えることで強くなる、そう、鍛冶屋だ。現代の鍛冶屋は大型プレス機械を使って材料を叩く。僕の父が造っていたのは自動車のエンジンの心臓部であるピストンの一部、コンビネーションロッドと言われる部品。この部品を使っていたのがプリンスのグロリア。つまりこの本に出てくるプリンス・スカイラインスポーツはグロリアのエンジンを搭載していた。後に日産となるプリンスは特に部品の受け入れ検査が厳しく、親父も返品の山に悩まされ続けたらしい。本書にもかかれていた、技術のプリンスというのはこういう下請け業者への要求にもおよんでいたが、もちろん要求される方もそれに応えるだけの技術を磨いてゆくのである。元々オートバイのメーカーだったホンダが4輪車の開発に乗り出したころ、親父の口癖は「所詮、日産トヨタにはかなわねぇよ」だった。

日本の自動車メーカーの歴史の中でも、プリンスの業績といえばS54スカイラインや日本グランプリのR380ぐらいが目立つところで、それ以外はあまり語られることの無かったスカイラインスポーツ、CPRB、1900スプリントという3台のクルマを軸に本書は語られる。これらに関わったプリンスの技術者、井上猛氏とイタリアン・カロッツェリアとの開発の物語を丁寧に綴っている。僕も過去にシトロエン3台、ランチア1台、アルファロメオ2台、フィアット2台、MG1台を乗り継いできたクルマ好きなので、本書のバックボーンはなんとなく理解できるが、全くのクルマ初心者の方には、いささかこの本の内容は説明不足な部分があると思うので、ちょっと補足したい。

現代のクルマのボディはモノコックと言って、車台(シャシー)と車体(ボディー)は一体化して造られる。これはひとえに軽量化のためといえる。ところが昔の自家用車はトラックやバスのように井桁型のシャシーにタイヤとエンジンをくっつけ、それに車体を乗せる構造になっていた。だからシャシーさえあれば、全然形の違う車体をこさえて乗せてしまえば、簡単に別のクルマができてしまう。これをやっていたのがイタリアン・カロッツェリアだ。フェラーリのデザインで有名なピニンファリーナやベルトーネ、ツァガート、ギアといったところか。先の井上氏は単身イタリアへ飛び、このイタリアンコーチビルダーの技術を学ぶ一方、プリンスのスペシャリティ・カーの制作を依頼するという使命を帯びていた。1950年代〜1960年代の自動車デザインは、やはりイタリアが僕も最高だと思う。世界各国の自動車メーカーもこうしたイタリアン・カロッツェリアにデザインを依頼していた時代、日本では他にさきがけプリンスが名乗りを上げたのだろう。

それにしても、全く新しい使命を帯びて渡伊した井上氏の年齢は57歳。今の僕よりも8歳近く年上であるのは驚嘆に値する。そのバイタリティは気難しいイタリアのデザイナー達を動かしてゆく。やはりあのころの日本人は凄いなと思わせる。頑固者の僕の親父も仕事から帰ってくるのは毎晩僕ら子供達が寝静まった深夜だった。そういう父を見て、僕ら兄弟二人とも迷うこと無く技術者の道を選ぶことになった。だから本書に出てくる、イタリアの板金職人サルジョット氏と日本人の職人とのエピソードは、こころが熱くなる。言葉が通じなくても職人同士ならわかり合えるのである。

ただ、残念ながら著者の板谷氏ははじめての執筆ということで、非常に読みづらいものとなってしまっている。4行ほどの文章を5,6回も読み返してやっと意味が分かる、という部分も会った。本の分量としてはかなり少なめだったが、読むのに時間がかかったのはそのせいかもしれない。それから先ほど補足したような内容が予め説明されていないと、よほどのカーキチで無い限り読み進めるはなかなか難しいと思う。それと時間軸が前後するので、時代背景がぼやけてしまった。年表のような補足資料も欲しかった。とても興味深い題材だし、貴重な資料が多数込められているがそれが生かしきれていないのが少し残念。


プリンスとイタリア: クルマと文化とヒトの話
  • 板谷熊太郎
  • 二玄社
  • 1890円
Amazonで購入
書評




トップ ▲

2シーター・オープン

2011年12月11日

 クルマの無い生活になって3年。予想通り、まったく何の不自由もないし必要なときはレンタカー借りりゃいいだけなんだけど、やっぱり寂しい。今の収入じゃ、とてもじゃないけどクルマなんて維持できないからかなわぬ夢であるけれど、年寄りも居なくなったし、子どももいない今だったらやっぱり2シーター・オープンしか無いと思う。
 2シーター・オープンといったらもう、絶対英国車は筆頭候補。英国オープンは何が違うかというと、これは乗ったことのあるやつじゃないと絶対わからないと思うけど、すべてが「やせ我慢」なのである。他国のオープンと違って、ロータスをはじめとする英国車オープンは超ねそべった姿勢での運転を強いられる。だから乗り降りも凄い大変。ロケットか、特攻兵器みたいな乗車姿勢、なにしろ車高が低い。MGミジェット乗っていたときは、ダンプの横を走るのが怖かった。ふんづけられそうで。乗車姿勢がもの凄く低いので視界が極端に悪い。しかもミジェットやMGBはウインドゥシールドも低いので石ころでも飛んでくるとドライバーの頭直撃である。ミジェットで80km/hくらいで巡航するともの凄い迫力で、しかもセンターの座りが悪いステアリングのせいで、どっかへ飛んで行きそうになる。でも英国車はソレが楽しいんだよね。MGFなんかも安くていいんだけど、やっぱりMG-RV8かなぁ。小さなシャーシに4リッターV8のトルクはもの凄くて、4速でも峠道をガンガン上っていく。車内はウォールナットとコノリーレザーの世界。そろそろ似合う歳になったかも。
 イタリアンだったらアルファ・スパイダーかなぁ。ぜーんぜん速くないのがイタ車のいいところ。乗るなら二代目かな。初代のインジェクションのスパイダーはホント酷い乗り物だったから。エンジンはトルクがすかすかで全くダメ、おまけにステアリングがオニのように重い。女の子がこれに乗ってると抜群にカッコイイと思うけど、あのステアリングだとたぶん車庫入れできんだろう。
 お手軽で安いのがフィアット・バルケッタかな。FFなのが難点だけど、見た目スポーティだけど、全然スポーツカーじゃないですから、これ。雰囲気だけ味わうオープンならこれで十分か。でもエンジンとろいのよね。
 あとはボクスターかなぁ。乗ったこと無いけど。ポルシェってどーも好きになれないけど、ボクスターだけは好き。今なら200万くらいで買えそうだけどパーツ代高いよね、ポルは。あ、でもオレ床から生えてるペダルダメなのよね。今でもそうなのかな?あ、古いベンツのSLでもいいなぁ。もちろんタテベンなんかじゃなく、ボロっちぃのがいいな。
 ちなみにオープンカーのシロートは夏場に幌を開けようとするが、これはただのバカ。暑くて死んじゃう。オープンの醍醐味は冬なんだぞ。紅葉の下、ばっちり厚着してヒーターがんがん効かせて乗るのがオープンのいいところなのだ。外から丸見えだからばっちりオシャレして乗らないと格好悪い。いい感じのドライビング・グローブだって欲しくなっちゃう。うーん、想像するだけならタダだ。


トップ ▲

FERRARI F92A

2011年09月25日

11092501.jpg
 移動時に落っことして壊れてしまったF92Aを「なんとかしよう」と思い立つ。元々はイタリアはタメオのメタルキットを組んだもの。虫ピンなどで一部ディティールアップしてるけど基本的には素組。このころからタメオはエッチングパーツを多用し、サスペンションなどはプラモデルのように一発で決まる(ちょっと嘘)。
11092502.jpg
 老眼鏡は一個では度が足りないので二重にしてやっと見える世界。とほほ。30代のころは裸眼でばしばし作業していたのに。。。。平行に注意してウイングの接着をして、いよいよサスペンション組み上げ、のところでもうダメだった。目と手がいうことをきかない。。。。。後は誰か、できるひとやってー状態。情けない。もう、模型は無理っぽい。


トップ ▲

フジヤ

2011年09月24日

 段ボール一箱のミニカーのキット、20台はある完成品の処分に困ったので、昔お世話になった常盤台の模型屋へ行く。お久しぶりのマスターはますます元気。今年もル・マンへ行って来たそうだ。ここのお店は一階がおもちゃ屋、二階がマニア向けミニカー屋になっていて、昔はタメオ、メリ、スターター、プロバンス・ムラージュなんていうヨーロッパ製のガレージ・キットが山積み状態だったのだが、今やヨンサンのキットなんか作れる人がいないそうだ。それと激安で超高品質の中国の名も無きフィニッシャーの完成品のせいで、ますます作る人が激減したそうだ。でもさ、巷では「プラモ女子」なんてのが出てきてるそうなんだが、どういうことかしら?
 今日も電話でタミヤの1/12のマトラ素組みして欲しいんだけど見積もってくれない?みたいな注文が来ていた。世の中どうなっちゃってるんだろうか?
11092401.jpg
11092402.jpg
 で、マスターが目を付けたのがジオラマ。もともとル・マン24時間レースが好きなマスターが、パドックのジオラマ作りたいというエネルギーだけでキット作っちゃった。本場フランスからも引き合いが来てるらしい。この写真がソレ。現在のプジョーチームのパドック風景と、70年代のガルフ・ポルシェのピット風景のジオラマ。楽しいでしょ?
 ちなみに僕のキットと完成品は引き取ってもらえることになりました。で、ジオラマキットのお問い合わせは東京・板橋区のフジヤさんへ。


トップ ▲

シトロ宴

2011年05月14日

11051401.jpg11051402.jpg
11051403.jpg  代々木のダーツに集まったのはネットでのシトロエン関係の重鎮達。P、Q、Jun、山伏、店長、ででん、格、それに僕とYっち。そういえばこの中で未だにシトロエンに乗ってるのはPちゃんだけだという話になり、オレなんかクルマにすら乗ってないしみたいな話になり、他界したeijiさんや「どり」の話になり、9人でハーパーのボトルが3本空いてしまった。ああ、やっぱりクルマもいいなぁ。


トップ ▲

クルマのイラスト

2011年03月05日


 ハードディスクの古いディレクトリを整理してたらこんなものが出てきた。懐かしい。イラレで書いてたクルマのイラスト。これはランチア・037ラリー。おフランス座の榊さんのイラストに刺激されて描き始めたんだけど、元々が妙に凝り性なので段々手法がエスカレート。

 これはルノー・ツィンゴ。この絵を自分の掲示板に貼って自慢してたら、なんと仕事がやってきた。某国産ラリーチームの公式壁紙、という依頼。サイドビューの写真をベースに置いて、ただひたすらトレース作業、そして色を入れてゆくという途方もなく手間がかかる手法なので、デカールべたべたのラリーカーはとても時間がかかった。タミヤとかハセガワのプラモデル買ってきてデカールをスキャン、これを一個一個トレースしてロゴ作成。これをボディに置いてちょっとずつ歪ませてなじませていく。著作権の問題があるからここには貼れないけど、大体一枚仕上げるのに土日作業で一ヶ月かかったもん。
 ファイルのタイムスタンプを見ると2000年になってる。10年前は元気があったな。


トップ ▲

1と8

2010年08月29日

ferrari_312.jpg
1.Ferrari 312。モナコのトンネルの中でクラッシュ、ドライバーのロレンツォ・バンディーニは。。。。というマシン。
lotus101t.jpg
2.LOTUS 101T Judd。我らが中嶋悟のマシン。雨のアデレードで一時3位のパトレーゼを追い回した、というのが懐かしい。


トップ ▲

1/43スケールの手作りミニカー差し上げます

2010年08月28日

250lm.jpg
tyrell020.jpg
突然ですが、ミニカー差し上げます。80年代後半から90年代前半のF1が中心。フランスのプロバンスムラージュ、イタリアのメリ、タメオ社製のレジン、メタルキットを組んだものです。写真はその一例。上がFerrari 250 LM、下が我らがナカジマのTyrell 020 Hondaです。
  • 非常に壊れやすいものなので取りに来てくれる方限定とします。
  • タマに見たくなるかもしれないので僕のリアル友限定とします。
  • 全部もらってくれる奇特な方、相談に乗ります
では以下にリストを。
-- F1 --
  1. '67 FERRARI 312 ロレンツォ・バンディーニ
  2. '88 MARCH CG881 JUDD イワン・カペリ
  3. '88 LOLA LC88 COSWORTH 日本GP 鈴木亜久里
  4. '88 BENETTON B188 FORD ティエリー・ブーツェン
  5. '88 McLAREN MP4/4 HONDA 日本GP アイルトン・セナ
  6. '89 McLAREN MP4/5 HONDA ブラジルGP アラン・プロスト
  7. '89 WILLIAMS FW12C RENAULT ティエリー・ブーツェン
  8. '89 LOTUS101T JUDD ブラジルGP 中嶋悟
  9. '90 McLAREN MP4/5B HONDA モナコGP アイルトン・セナ
  10. '90 TYRELL 019 FORD 中嶋悟
  11. '91 WILLIAMS FW14 RENAULT アメリカGP ナイジェル・マンセル
  12. '91 FERRARI 642 アメリカGP アラン・プロスト
  13. '91 TYRELL 020 HONDA 中嶋悟
  14. '91 McLAREN MP4/6 HONDA アイルトン・セナ
  15. '91 JORDAN 191 FORD アンドレアス・チェザリス
-- その他 --
  1. Ferrari 512 LM
  2. Ferrari 250 LM



トップ ▲

駐車料金

2010年08月26日

 そもそもクルマを手放したのは、ウチのマンションの駐車料金。3万5千円/月なのだ。ここから考えると大体クルマの維持費は5万円/月くらいになる。こんなもん持っていられないよ。で、代替案として出た原チャリ作戦だったのだが、よく考えたらウチのマンション、原チャリ置くのに1万円/月だった。そういえばマンションの理事会でも「最近バイク置き場に誰も置かなくなった件」について話してたっけ。月1万円じゃそーだよな。あーばかばかしい。


トップ ▲

TOMOS

2010年08月22日

 もの凄い暑さの中、歩いて都庁の裏へ。
 うちの親父は若い頃、バイクでもの凄い事故をやらかしたらしい。だから僕ら子供は「絶対バイクは禁止」だったんだ。だからこれだけクルマいじったり、サーキット走ったりしてたのにバイクはおろか、原チャリにも乗ったことはなかった。
 クルマを手放してもう2年くらい経つ。整骨院やら近所へ行くのにチャリは便利なんだけど、実は初台周辺はどこへ行くにも坂だらけなのだ。運動にもなるし、流行ってるのはわかるけど健康ヲタクみたいでヤだなぁと思ってた。で、会社の近くで見かけたTOMOS。モペットと呼ばれる50ccバイク。ああ、この手があったじゃん、と思った
 お店の若い店長はメカニックでもあって、丁寧にいろいろ説明してくれた。僕が2CVに乗っていて、しかもエンジンおろしてクラッチ交換とかやってたことを知ると、整備ネタで盛り上がる。店長も昔三菱でクルマの整備をやってたそうだ。バックヤードを覗いてみると懐かしいオイルの臭いがした。お店にはオシャレなヘルメットやゴーグルなんかも売っていて楽しそうである。で、中古のコイツは諸経費込みで16万だって。そっかぁでも、そんな金はないなぁ。。。



トップ ▲

ワンズレンタカーと松鶴庵

2010年06月27日

 前から気になっていた激安レンタカーの「ワンズレンタカー」。実は中古車販売のガリバーがやってる会社だそうだ。中古車が売れないから、それじゃ、貸しちゃおうというわけでフランチャイズで店舗を増やしている。保険無しだとなんと2,625円から借りられるってのがウリ。僕のマンションの隣のガソリンスタンドが、ついにこれのフランチャイズに加盟した、というのでそこから借りたかったんだけど、残念ながら予約は満杯。台数が少ないので土日は2週間くらい前から埋まっちゃうみたいだ。なので中野坂上店で予約した。ウチからだとバスで10分くらい。それにしてもホームページの予約ページ、めちゃめちゃ使いづらい。
 中野坂上店はちょいキズ修理の「カーコンビニクラブ」併設だった。つーかよく見ると出光のガソリンスタンドやん。みんな生き残りに必死なのである。
 借りたのはトヨタカリーナ。別に希望したわけじゃなく、これしか残ってなかった。オドメーターは7万2千キロ。まぁ、良いセンいってるんじゃないでしょうか。イマドキの日本車なんて10万キロなんて軽いからね。タクシーなんて20万キロイケるもんね。
 フロントタイヤはなかなかファンキーなことになってます。高速ですっ飛ばしたらハイドロ起こしそう。まぁでも、10:00〜15:00まで借りて3,600円ですからね。エアコンは効くし(アタリマエか)文句は言えないかな。以前那覇空港のそばで借りた激安デミオのフロントタイヤに比べればマシか。
 つーことで、埼玉県は新座の霊園で墓参り。雑草はやはり凄いことになってました。草ぼうぼうだとご先祖様の罰が当たります。つーか、オヤジとオフクロが入ってるだけだけどね。それより、4年前におばあちゃんが亡くなったお隣さんのほうが凄いかも。おばあちゃん居なくなって荒れ放題である。植木が我が家にも浸食しとる。
 ご褒美は新座は松鶴庵の蕎麦。僕はここの蕎麦が宇宙一美味いと思ってるんだが。コストパフォーマンスも含めてね。この蕎麦屋、唯一の欠点は駅からめちゃめちゃ遠いこと。東武東上線の志木駅から歩いて25分はかかる。レンタカーを借りたのはここへ行くためでもある。で、1年以上ぶりにここのせいろを堪能。もちろんおかわり。



トップ ▲

ガレージ

2010年06月05日

 大阪から旧い友達がやってくるというので、みんなで迎撃。みんなまだクルマ好きなんだなぁと実感。都会暮らしじゃクルマなんて必要ないのは火を見るより明らかなんだけど、まぁちょっと寂しいやね。
10060501.jpg いつもの人たちと。
10060502.jpg ひさしぶりな人たちと。そっか、A井さんは来年還暦ですかぁ。
10060503.jpg もちろんクルマを持っていない僕は送っていただきました。



トップ ▲

調べてみると

2010年06月01日

citroen.jpg
 こんなキーホルダーも売ってるらしい。


トップ ▲

絵を取りに行く

2010年05月31日

 会社帰りにシモキタへ絵を取りに行く。梱包を待つ間、麦茶を飲みながら展示品を眺める。一番奥のルノー4(キャトル)の絵は190万だそうだ。大体でかすぎてこれを掲げる家を持っていないと話にならないが、どなたかいかが?
 そういう僕の絵も部屋に掲げてみると、めちゃくちゃデカい。部屋の雰囲気がガラリと変わるから面白い。


トップ ▲

サヴィニャックのシトロエン

2010年05月30日

10053001.jpg
 夕飯でも食べよう、とシモキタの一番街をぷらぷらしていたら、とある画廊に引っかかる。フランスのポスター画家サヴィニャックだった。BICのボールペンやら、タバコのジタン、モンサボンの石鹸のポスター。画廊なのでもちろん全部ポスターではなく本物。なかなかいいお値段ですねぇ、本物ですから。
 「実はシトロエンの矢印に引っ張られて飛んじゃってるヤツありますよね?あれが好きなんですよぉ。僕、昔シトロエン2CVに乗っていたんです。」と言うと女主人の顔色が変わった。そして裏から出てきたのがまさにコレ。僕は鳥肌が立っちゃいました。ずーーーーとポスターでいいから欲しいなぁと思っていたサヴィニャックのシトロエンの本物のリトグラフが出ちゃった。聞いてみると破格の値段でありました(僕のスーツ一着くらい)。元はかなり状態が悪く、結構カネをかけて修復したのだとか。
 で、Yっちと顔を見合わせて決めちゃいました。実は他にもオファーがあったらしいんだが、「シトロエンゆかりのひとにお譲りしたい」ということだったので。これも何かのめぐり合わせかも。よく見ると176/420の書き込み、それから右隅にサヴィニャックさんの鉛筆書きのサインがあります。おおお。


トップ ▲

激安レンタカー

2010年03月18日

 ウチのマンションの隣のガソリンスタンド。最近なんだか「激安レンタカー」の立て看板を置くようになったので、なんだろ?と覗いてみたら銀メタのマーチが置いてある。で、調べてみたらワンズレンタカーというらしい。なんと一日借りて3,150円〜という激安料金。さらに調べたら中古車販売のガリバーが仕掛け人らしい。ガソリンスタンドとフランチャイズ契約を結んでいるわけね。で、安いんだけどネット予約画面へ行ってみると休日は数週間先まで満杯。ま、そりゃそうだよね。
 クルマを手放してから1年が過ぎた。簡単に言わせてもらうならば「東京に住んでいる限り、クルマなんて要らない」。僕のマンションだと駐車場代が3万5千円、さらにガソリン代やら車検代やらを考えると少なくとも月5万はかかっている計算になる。年間で60万。さらに東京だと出先の駐車だって大変だ。コインパーキング代だってバカにならない。これならタクシーやレンタカーで十分だ。人生のコストダウンだ。


トップ ▲

アイドラーズ3時間耐久@ツインリンクもてぎ

2009年12月05日

09122501.jpg
今回の耐久は内田さんの弔い合戦だ。来期は経済的にも厳しいし、内田さんも居ないしなので、いずれにせよ体制が変わりそうだなぁ。ということで現体制での耐久挑戦はこれが最後になりそう。
 ひとつのピットに7台の割り当て。
09122503.jpg09122504.jpg 金持ちチームとビンボーチーム、その差歴然(笑)
 God is dead, however, The racing circuit is here, We go!!!! 弔い合戦なのだ。
 最初は晴れていたんだけど、ねぇ。
 イイ感じのアルフェッタ。でも終盤、排気音が爆音になってしまいリタイヤ。見てみるとエキマニが吹き飛んでしまっている。これじゃぁねぇ。
 この日の降水確率は80%。おまけにめちゃめちゃ寒い。ピット内は吹きさらしだから逃げ場所もない。ドライバーは4人。スタートは僕。今回はいいくじを引いたので27番手スタートとなった。ローリングスタート直後、左右から抜かれまくる。なにしろ接触だけは気を付けないと。。。1コーナーで2台がすでに回ってて笑う。と、思ったら最終コーナー出口でスピン。あっちゃー、寒くてタイヤが全然暖まらないや。後半やっと曲がるようになって2:38台を出して終了。2番手のSさんは元グラチャンドライバー、暖まったタイヤで調子を出し、2:35台をたたき出す。
 雨の中、給油作業中のチームヨゴレ。
 3番手のMさんにスイッチしてからついに雨が降ってきた。もちろんウチらビンボーチームはレインタイヤなんて持ってるはずもなく、Sタイヤでそのまま続行。4番手のJちゃんにスイッチしてからは猛烈な大雨。2回くらいスピンしたらしいけど、事故もなく無事チェッカー。総合14位、クラス12位という成績でシーズンを終了しました。
 無事フィニッシュのJちゃん。お疲れさまでした。



トップ ▲

もてぎ入り

2009年12月04日

 明日の3時間耐久のために前日からもてぎ入り。


トップ ▲

美しい運転

2009年11月05日

 駒場の整骨院帰り、渋谷から阿佐ヶ谷行きの京王バスに乗る。僕は一番前の運ちゃんの隣の席(前ドアのすぐ後ろね)に好んで座るのだけど、まぁガキんちょと一緒だよね。そんなわけでバスの運ちゃんの運転作法を凝視してたりするわけ。で、今日は最高に優雅な運転を見させてもらいましたね。軽やかなシフトワーク、じわっと踏むアクセルペダル。ブレーキもビミョーなコントロールが見事で感心してしまいました。クラッチをリリースしたのがお尻から伝わってきちゃ、ダメなんだよね。いやぁ、僕も普段からこういう優雅な運転を心掛けているのだけれど、なかなか難しいもんです。あと、目黒の駅から三軒茶屋行きの東急バスの運ちゃんも軒並みレベルが高い。祐天寺の細い路地を優雅なハンドリングで抜けていく様は「よ、お見事」という感じ。それに比べて毎回ひどいのは吉祥寺から乗る小田急バスの連中。立っている年寄りがひっくり返りそうになったのを見たことあるし。まぁ、心掛けの問題かな。


トップ ▲

'94 SAAB900S2.3i 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(9)〜

2009年09月05日

saab01.jpg
 「SAABの900ってさぁ、結構いいよね」弊社社長があるときつぶやく。「出来は良さそうだし、頭良さそうに見えるじゃん。で市場価格がめちゃめちゃ安いんだよ」という。サーブといえば、ボルボと並ぶスウェーデンメーカー。でも、確かにヤフオクでもゴミみたいな値段で売ってる。で、なぜか僕がそれにまんまと乗ってしまうことになった。
saab02.jpg
 SAABの900というと、バブル時代に出た900ターボってのがある。あれに異常に執着してしまった友人も居るのだけれど、あの900ターボってのはかなり厄介なクルマで、思った通りの返り血を浴びていた。でニュー900ってのは実は中身アメ車である。エンジンはGM製なのである。前オーナーは超ヘビースモーカーのじじぃだったそうで、車内クリーニングにかなり金がかかった。
saab03.jpg
 ボロラテン車を乗り継いできてこれに乗ると、うわぁ、スウェーデンのクルマってこんなにしっかりしてるんだなぁと驚く。でもこれの良さってボロラテン車を知ってるからわかるんだよね。だってこの安定感ってアルファロメオには決してないもん。だからといって僕はメルセデスやBMWやSAABが本当にいいクルマだとは思ってない。「いい」の次元が違うのよ。僕がクルマ好きと知って、にじにじと寄ってくるメルセデスなひとたちは、「ベンツいいよねぇ」としか言わない。つまらない。一度シトロエンのXMとかに乗ってみなさいよ、ねぇ。

 このGMサーブ、乗り心地はいいし、ハンドリングは適度に緩いし、エンジンパワーはじゅうぶんだし、エアコンは寒いくらい効くんだけど欠点もあった。エンジンマウントが緩いのである。アイドリング中、エンジンの振動ががたがたとステアリングに伝わってきて不快。でもエンジンマウントはパーツだけでも5万もするのだそうだ。そりゃ、放置だね、フツー。

 このクルマ、何の問題もなかったんだけど所有するヨロコビといったものが「ゼロ」でした。ただの運搬装置にすぎん。やっぱりダメなんだよねーこーゆーの。


トップ ▲

'97 Fiat Punto ELX Cabrio 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(8)〜

2009年09月04日

punto01.jpg
 一時期、僕は同時に4台のクルマを同時所有していた。あまりといえばあまりな話で、ほどなく僕はどんどんクルマを処分して2CVだけが手許に残った。シモキタに住んでいた時は2CVで引っ越しやら家具の運搬やらをまかなっていて、ある寒い冬の朝にYっちがインフルエンザでぶっ倒れたときも厳寒の2CVで世田谷の病院まで連れて行った。2CVはとても調子が良かったんだけど、生活に使うにはなかなか厳しく、特に夏場の稼働率はほぼゼロだった。
punto02.jpg
 そんなわけでついに僕は2CVとの別れを決意する。Yっちによればやっぱりクルマは屋根が開かないとダメらしい。で、選んだのがフィアットのプントであった。ちなみに日本と違ってイタリアには階級意識という名のカースト制(^^;がまだ残っていて、所詮庶民はフィアットに乗ることしかできない。いくら金があってもフェラーリを所有することは許されないのだという。庶民と上流階級とでは修理工場まで違う。これは日本では考えられない。僕の知り合いの医者がキャブレターのフェラーリ308を持っているのだけれど、彼がフィオラノ詣でをしたときに「実は僕もフェラーリ・オーナーで」と地元のひとに話すと、「医者ごときがフェラーリに乗れるはずがない」と一笑に付されたそうだ。あのジェームス・ボンドは特権階級だからアストン・マーティンに乗れるのだ。
punto03.jpg
 つーことはさておき、ショミンのクルマ、フィアットプントである。フツーのプントの屋根を無理矢理切ったので剛性はぐにゃぐにゃだった。オープンカーは屋根を切った代償としてボディの強化を行う。だから屋根付きグルマより重量が重くなるのがよくあるケース。1.2Lのエンジンはかなりひ弱なので、高速の追い越し加速は、いきおいベタ踏みとなる。だからかえって燃費が悪かった。で、問題はスバル製CVTである。いわゆる無断変速ってやつでこれの操作はかなり違和感があった。慣れるまでが結構気持ち悪かった。黄色いボディは愛嬌があってかなり気に入っていたんだけど、運転感覚は気に入らなかったなぁ。で、売っちゃった。次のオーナーは「エアスポイラー付けるんです」とうれしそうだった。ダサ。


トップ ▲

'84 Autobianchi A112 Jr 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(7)〜

2009年09月03日

autobianchi01.jpg
 ホットハッチという言葉がある。小型軽量のハッチバックボディを持ち、駆動方式はFF、排気量はせいぜい1.6Lという軽便なクルマ。Yっちと川崎に暮らすようになってYっち用のクルマを探そうと、車種選び。本当はYっちが昔乗っていたルノー5の初期形が良かったんだが、今となってはそんなのはみんな腐ってるでしょ。大体街でも見かけないよね。
autobianchi02.jpg
 で、Yっちのお眼鏡にかなったのはいわゆる「ビアンキ」。アウトビアンキのA112だった。メーカーこそアウトビアンキなんていってるが実質フィアット。アウトビアンキとしてはY10というクルマもあるが、僕らがビアンキと言うと、このA112を指す。アバルトチューンの過激なやつもあるけど、こっちのフツーのジュニアの方が全然可愛い。

 宮前平のあの店や、カーセンサーで探してみたが生産終了後15年も経ってるクルマ、さすがにマトモなタマが少ない。ビアンキとかシトロエンのGSとか、アルファ・スッドとかオイルショック時に造られたクルマは鉄板の品質が劣悪で、大抵ボディが腐り落ちてる。ヤフオクで11万で落札して、京都へ取りに行ったこのクルマもAピラー下がぐさぐさだった。天井の内張の見事に剥がれてしまっていた。まー11万だからしょーがない。
autobianchi03.jpg
 夏の京都の暑さは格別でプラグのチェックをしてYっちを乗せて走り出したら水温が一向に下がらない。街中走行で水温105℃。オーバーヒート寸前である。もちろんクーラーなんて無いから車内も煮えたぎるような暑さ、さらに脂汗がにじむ。名阪高速に乗ると、80km/hキープすれば水温は90℃で安定することがわかった。暑いのに冷や汗をかきながら川崎へ帰還。早速ビーズガレージに出してみてさらに冷や汗。ウォーターポンプの羽が溶けて無くなっていたそうだ。
autobianchi04.jpg
 乗ってみると900ccのOHVエンジンのくせに実にきびきび走ってくれる、めちゃめちゃ可愛い、楽しい。でもマイミクのまゆだんさんの会社の同僚の女性が「どうしても欲しい」というので譲ってしまいました。このクルマ、ボディが腐ってなかったらまた欲しい。


トップ ▲

'94 AlfaRomeo 155 TS 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(6)〜

2009年09月02日

15501.jpg
 赤いイタ車は酔狂である。いかにも頭が悪い。数あるクルマの中からこんなものを選ぶのだからよっぽどである。イタリア人は速くてカッコよくて赤いものが好きなのだ。最初にランチアを買ったときは恥ずかしくて赤は買えなかったんだけど、そのうちいろんなバカラテン車に乗るウチに脳みそがぐちゅぐちゅになってしまったんだと思う。

 落ち込んだ女性は、お買い物でストレスを発散するというけど、僕はこんな物を買ってしまいました。ヤフオクで80万だったかな?英田舎のAさんと旅行がてら熊本まで取りに行ったのも酔狂。極端なクサビ形、要するにウェッジシェイプボディ。DTMでも活躍していたアクの強いエクステリア。でもインテリアはちょっとオッサン臭いのよね。で、エンジンはヘッドこそツインスパークのDOHCなるも、腰下は前出のジュリエッタと同じ。

 で、これが音だけは勇ましいが、めちゃくちゃ遅い。AさんのシトロエンBXのオートマに付いていくのが精一杯なくらい遅い。可変バルブタイミング機構も付いてるはずなので、これが壊れてるのかな?とコネクターを外し、DC12Vを直でかけてみたらちゃんと動いた。。。。ダメなんじゃん。赤くてこんな格好しているので高速やらワインディングではあおられまくる。すみませーん、僕そんなに速くないっスから。
15502.jpg
 見た目にゃわからないが、トランクルームは広大。タイヤが4本余裕で積めたのはたまげた。普通の2リッターファミリーカーだと考えればよくできてるのかも。ただインテリアの各種パネルの立て付けの悪いこと。シフトレバーの操作感もガチャガチャしていてオモチャっぽい。このあたりは後継の156では若干改善されたみたいだけど。遅いけど「ぬおわkm/h」を越えた時の安定感はさすがヨーロッパ車。オッサン臭いけどシートは素晴らしい。クルマとしては156のほうが全然ちゃんとしてるけど、その分つまらないかもしれないね。

 このクルマ、ちゃんとした正規ディーラー(ア○ーゼ熊本)で整備されてきたらしいのだが、フロントタイヤを外してびっくり。ブレーキのパッドセンサーのケーブルがニッパーでぷっつん切られていた。こうするとパッドが減っても警告灯が灯かなくなる。「ガイシャは出来が悪い」なんて訳知り顔で言うヤツは多いけど、結局はディーラーのこういう悪質整備のせいで信頼性を落としてるのがほとんどだと思う。このクルマもローターもパッドも、たまげるほど減っていたし、タイヤも溝が無かった。


トップ ▲

'78 AlfaRomeo Giurietta 1600 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(5)〜

2009年08月31日

guilietta01.jpg
 ある日ビーズガレージにやってきたちょっと変わったアルファロメオにどきどきしてしまう。オーナー氏、実はフツーのセダンに乗り換えたいんだと言う。あら?フツーのセダンだったら僕のエグザンティアなんていかが?となぜかクルマを交換して試乗会になってしまう。伝統のアルファ直列4気筒エンジンにウェーバーDCOEキャブレターがツインで付いてたこのクルマ。社外品のアンサーのマフラーの音も凄まじく、一発で欲しくなってしまう。当のオーナー氏もエグザンティアを気に入ったらしく、なんと僕らはクルマを交換してしまうことにした。こんなことは後にも先にもこれっきりである。
guilietta02.jpg
 '78のアルファロメオ・ジュリエッタ。ジュリエッタと言えば1958年のやつが有名。映画「卒業」でダスティン・ホフマンが乗ってたアレ。それに対してこいつはヌオーバ(新しい)・ジュリエッタと呼ばれていたんだけど、実は「アルファロメオ最大の失敗作」と揶揄されたクルマでもある。でもさぁ、この佇まい、好きなんだよね。後継車は名車アルファ75。実はこのクルマ、前後重量配分の平均を取るべくトランスミッションがリアにある。なのでプロペラシャフトがもの凄い回転数で回ることになる。これのラバージョイントがこのクルマの弱点。これは75やSZなんかも同じ。
guilietta03.jpg
 買ってすぐ、やはり富士見-川越有料道路近辺でクラッチが床まで踏み抜けてしまう。あ、デルタのときと同じじゃん、クラッチレリーズシリンダーだ。で、エンコ。友達にレスキューに来てもらい、ブレーキフルードを補充、ビーズガレージまでだましだまし帰還。その後どうもエンジンの調子が良くないと、調査したところ換装してあったウェーバーのキャブのバタフライが偏摩耗していたせいだった。ここでビーズガレージ秘蔵の排ガス対策前のウェーバーを譲っていただき、これに換装しちゃった。

 フロントのブレーキローターも減っていたのでアメリカから部品を個人輸入。ついでにキャブレターの同調プレートも買う。ところがやってきたローターのサイズが全然違った。個人輸入だと返品もできない。普通は泣き寝入りなんだが、ビーズガレージで旋盤借りて無理矢理サイズの調整しちゃいました。キャブには同調プレート(これもサイズが合わなくて糸鋸で加工)くっつけて、ちゃんとしたリンケージつけて、ジェット類も適正なものに交換したらすこぶる調子が良くなった。
guilietta04.jpg
 ウェーバーツインの調整ってプロの技だと思ってたんだけど、ビーズガレージのTさんのご教授のもと、やってみたらカンペキにマスターしてしまった。要するに楽器のチューニングと同じなのである、これが。エンジン音を聞きながら4つのキャブレターが全く同じ仕事をするように調整していく。カンペキに仕上がったジュリエッタをU-PowerのUさんに見せたところ、黙ってキャブをいじっていたUさんが一言「いいみてーだ」。これは心底うれしかったぞ。このクルマを磨きに出したところ、磨き屋のオヤジに「このクルマ、500rpmでアイドリングするぞ、すげーな」と言われて鼻が高かった。

 いじり甲斐はあったのだが、クルマとしてはやはりダメグルマであったなぁ。FRなのにオニのようにステアリングが重く、峠では全然曲がらない。1600ccの直4エンジンは吹け上がりは軽いのだがトルクはすかすかで遅かった。なによりブレーキが全然効かないので怖くて飛ばせない。トランスミッションがリアにあったのでシフトフィールは悪く、レバーはぐにゃぐにゃだった。それよりマフラーがオニのようにうるさかった。道端の女の子に耳をふさがれたこともあった。でもいい音だったんだよなぁ。で、2CV乗りの友達に売ってしまった。


トップ ▲

'95 Citroen Xantia SX 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(4)〜

2009年08月31日

xantia01.jpg
 フランス車なみなさんとおつきあいが深まるうち、シトロエンBXなんてどうよ、なんて話になってきた。ハイドロニューマチックっていうシトロエンならではの油圧制御を備えたクルマである。みなさんの愛車をお借りしたりして、結構いいのは知っていたんだけど、なにかとトラブルの絶えないクルマなんだよね。デルタに乗ってる僕が言うのもなんだけど。壊れまくるデルタに加えて、フツーのセダンが壊れまくってどうするよ、ということでBXに手を出すのは躊躇していた。

 そんなとき、過走行のエグザンティアの中古が出た。BXの後継車だ。かなり安かった。で、行っちゃった。これも現状渡しで引き取ってきたんだけど、群馬の某工場で車検を受けたばかりだという。なのにフロントタイヤを外してみてびっくりした。ブレーキローターが尋常でなく減ってた。こんなんでよく車検通ったよな。川越のマツダでパーツを取り寄せ(当時マツダはシトロエンの代理店をやっていた)、交換。ラジエーターのサーモスタットもイカれていたので交換、信号待ちでエンジンストップしたりしたのでアイドルバルブを掃除。オルタネーターも死んでたので中古パーツに交換。ここまでやったらすこぶる調子が良くなった。そういえば予防保全でタイミングベルトの交換まで自分でやった。
xantia02.jpg
 知ってるひともいるかもしれないが、古いハイドロニューマチック・シトロエンはエンジンを切るとブレーキが効かなくなり、やがて車高も落ちて出来損ないの犬みたいにしゃがみこんでしまう。このせいでタワーパーキングなんかに駐車すると亀の子になってしまうこともある。で、エグザンティアはマイナーチェンジ後、「お座り」しないシステムが組み込まれる。それが僕の'95年型以降だった。油圧サスペンションはいかにも乗り心地が良さそうだが、凸凹の多い町乗りだとかえって突き上げが酷い。真価を発揮するのは高速走行時だ。まさに氷の上を滑るように走る。でもこれって「ぬおわkm/h」くらい出さないと。。。なんだな。

 信号待ちで止まっているとお尻がぴょこぴょこと上がったり下がったりして可愛いヤツなんだけど、やっぱりどうしてもオッサン臭いエクステリアと、峠道でのハンドリングに違和感を感じて1年足らずで手放してしまった。というか、次の話に出てくるジュリエッタと交換してしまった。ははは。


トップ ▲

Citroen 2CV6 Special 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(3)〜

2009年08月30日

2cv01.jpg
 1996年に自前のホームページを持ってから、どうもイタ車乗りは面白いヤツが少ないんじゃないか?と思ってた。で、ダントツに面白かったのがシトロエンの「おフランス座」である。今じゃほとんど面影は無いけどオーナーのSさんはいろんなフランス車イベントの仕掛け人でもあった。なんでも一時期加入していたシトロエン・クラブのあまりのくだらなさに呆れて、自分でイベントを始めてしまったひとである。僕もMGのクラブや、ランチアのクラブのくだらなさを知っているのでなんだか意気投合してしまった。で、乗ってみなよ、と言われたのがシトロエン2CVである。2馬力である。宮崎駿も乗ってるアレだ。
2cv02.jpg
 正直言うと、心底バカにしていた。なんでこんなゴミみたいなものに乗るんだろ、と思っていた。戸惑いながらSさんの赤い2CVのぼよんぼよんのシートに座り、レクチャーを受ける。「この棒を引っ張ったり押したりするとシフトできるよ。左手前が1速だから」走り初めて5分後、僕は大笑いしていた。こりゃ、面白い。なんだかいろんな固定観念が吹っ飛ぶ気がした。

 数ヶ月後、ミジェットを売って僕は'88年型の白い2CV6 Specialを中古で買った。確か30万くらいだったような気がする。カーマガジンの広告で見た番号に電話すると、個人で売買をしてる人だった。後で知ったのだが、このひと、ヤバい業者ととまずい取引をして事務所に引きずり込まれてボコボコにされたらしい。それはともかく、現状渡しで買ったこの2CVも結構酷いシロモノだった。当時2CVを売っていた英田舎へ行こうと国道16号を上尾のあたりにさしかかったとき、ブレーキペダルが踏み抜けた。全くブレーキが効かない。これはチョーヤバい。いろんなクルマのトラブルを経験してきたが、ブレーキだけはヤバいです、マジで。サイドブレーキを引っ張ったところなんとか効いたので、レバーを握りしめたまま家電量販店の駐車場に緊急避難した。
 それから英田舎のAさんがレスキューに来てくれた。見慣れない緑のボトルを持っていた。これがシトロエンの血液、LHMだった。2CVのブレーキフルードは普通のクルマのものを使ってはいけない。パッキン類が固まってしまうのだ。2CVのブレーキにはLHMを使わなければならない。要するにこの2CVはちゃんとした知識のない工場でメンテナンスされてきたのだ。納車いきなりでブレーキキャリパーのオーバーホールになっちゃった。以後、いろんなひとにお世話になることになった。

2cv03.jpg
2cv04.jpg
2cv05.jpg
2cv06.jpg とりあえず白い'88年型はあちこちダメだったので徹底的に修理した。これで2CV整備のほとんどはクリアできたと思う。で、あるとき程度抜群の'90ブルーの2CVに出会って買い換えた。先日亡くなったU-PowerのUさんが整備したエンジンとキャブレターは惚れ惚れするくらいに仕上がっていて、高速では「ぬふわkm/h」で巡航できた。あまりにもカンペキに整備されていたので僕はまるでやることがなくなった。大阪まで遠征したり、仙台、岩手までツーリングしたりした。思い出いっぱいの2CV、本当はずっと持っていたかったんだけど、クーラーなんてあるわけもないので東京の夏では乗れなくて稼働率も低かったのでついに2005年に手放すことにした。で、行き先はなんとアメリカ。彼の地では程度のいい2CVが少ないそうで、僕のブルーに白羽の矢がたった。今ではサンフランシスコ・シトロエンクラブの副会長ジュエル女史の愛車となっているそうだ。アメリカでも絶賛の性能を誇ってるらしい。




トップ ▲

'79 MG Midget 1500 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(2)〜

2009年08月30日

midget01.jpg
 デルタを買った僕は情報収集のため、当時パソコン通信ではポピュラーだったニフティーサーブの輸入車フォーラムに出入りするようになった。夜のチャットやらオフ会やら、まぁ他愛もない集まりだった。ある時、箱根のヤギさんコーナーでのオフ会へ出かけたときに僕のデルタのラジエーターホースが炸裂した。イタ車やらフランス車の連中は何もできなかったが、ここで応急処置に駆けつけてくれたふたりは、英国車、MGミジェット遣いだった。ひとりは、みんなでレストランでご飯を食べている最中もワイヤー・ブラシで点火プラグを磨いているような変なヤツだったが、このトラブルに際し工具箱からいろんな物を出してきてびっくりした。いろんなサイズのホースクランプ、針金、ゴムホースの切れ端等々。そのときにビーズガレージのTさんの話を思い出した。「MGとかカニ目に乗ってるひとってのは、本当のクルマ好きだと思いますよ」や、本当にそう思った。クルマをいじれるようになりたい、と思った。結局僕のデルタはワイヤー・ブラシ君の応急処置のおかげで、埼玉の家までたどり着けた。そうか、英国車か。

 ある日、いつものようにニフティサーブのチャットをやっていたら、「MGミジェットを10万円で売りたいという人がいるんだけど興味ある?」と持ちかけられた。ビョーキの始まりである。MGである、ミジェットである、でも10万円。。。。どんなゴミグルマかと思って上尾の指定場所まで行ってみたら、なんと見た目ピカピカである。オーナー氏は結婚するために惜売するのだという。あちこちに査定してもらったが0円だったのだそうだ。ただ、問題があってバックギアが入りにくいのだと言う。オーナー氏の隣に乗せてもらって良くわかった。この時代の英国車はトランスミッションのシンクロメッシュが弱い。ちゃーんと回転を合わせないとクラッチを切っていてもギアチェンジが難しいのである。ものぐさにシフトダウンでもしようものなら「ガチン!」という感じでシフトレバーからしっぺ返しを食らう。僕はこのクルマのおかげでダブルクラッチを練習した。ミジェットで3→2シフトダウンがバッチリ決まった時のうれしさったら無かった。で話を元に戻す。この、オーナー氏、交差点で3→2へのチェンジをしようとしたときにガキン!と言った。それでなんとそのまま力ずくで叩き込んだのである。「あ、痛、ヤメロ」と僕は心で思った。そんなわけで、バックギアもシフトレバーを手で押さえてないと抜けてしまうシロモノだった。
midget02.jpg
 でも例によって舞い上がっていた僕はその場で10万円を渡し、即決で乗ってきてしまう。その帰り道がなかなか大変だった。運転しているとものすごく排ガス臭いのである。幌をしていると目がちかちかするし、髪の毛はばりばりの大騒ぎ。あと、ウインカーレバーもバカになっていて、手で押さえていないと元に戻ってしまう。でもそのくらいなら可愛いものだった。ある晩、富士見-川越有料道路に出て3速へシフトしたとたん、だだだだだ!というもの凄い振動、うわーどうした?と思ったら「ばっき〜ん、かららん、かららん」という音とともに即座にエンコ。ミジェットはFRなのでフロントのエンジンとリアのトランスミッションをプロペラシャフトというもので繋いでる。これのジョイントがすっ飛んだのであった。これで通算2度めのエンコ。JAFのにーちゃんと世間話しながら帰ってきた。
midget03.jpg
 ミジェットは自分でレストアする!と決意していたので市ヶ谷の英国車パーツ屋でジョイントを買ってきて修理、それともの凄い排気漏れはエキゾーストマニホールドを止めているスタッドボルトが折れているためと判明、これも交換。MGミジェットは初期型はミニと同じエンジンを積んでいたのだけれど、この1500は諸事情によりトライアンフの「クソ」エンジンを積んでいた。非力でトラックのようなこのエンジン、ストロンバーグなるダメダメクソ・キャブレターのおかげで箱根では観光バスにあおられる始末。まぁ、ただ高速で80km/hも出すと、着座位置の低さも相まって、もの凄いスピード感。ステアリング・センターがないので、回頭性は良いが高速安定性は極めて悪かった。ウインドウシールドも低いからオープンで乗ってると石が飛んできたらアウトですね。風の回り込みも凄いので髪の長い女の子は乗せられない。でもね、もの凄く楽しい。イギリス人ってバカだなぁと思うよ、コレ。

 このクルマは車検は自分で行った。灯火類のチェックがあるんだけどハザードのスイッチが壊れてたので、こっそりダッシュボードの下でギボシ端子をつないでクリア。へへへ。そんなこんなで楽しい毎日であったのだが、ある日ついに完全にバックギアに入らなくなった。幸いミジェットは車重が600kg足らずなので一人で押すのも楽ちん。ファミレスなんか行くと手で押して車庫入れした。しかし、そのうちオルタネーターが逝き、ラジエーターが逝き、ウォーターポンプが逝き、セルモーターが逝き。。。なんてやってるうちにシトロエン2CVが欲しくなっちゃったので1997年の8月に15万で売っちゃった。次のオーナーは完璧に直して別荘でのアシにする、なんて言ってたなぁ。


トップ ▲

'90 LANCIA DELTA HF integrale 16V 〜華麗なるクルマ遍歴シリーズ(1)〜

2009年08月30日

delta01.jpg
 ある朝、僕の青いブルーバード(U12)が真横から突っ込まれ全損となったとき、頭をよぎったのは「この保険代で外車でも買ってやろう」ということだった。学生時代につきあってた彼女のシトロエンBXのボンネットが突如高速で開いたとか、そのころから友達だったYっちのオレンジ色のルノー5が乃木神社のあたりでエンコしたりとか、会社の同僚がミニで楽しくやってるらしいというのを聞いたりして、なんとなくうらやましかったからだ。で、選んだのが今から思えばかなり無謀だったのだけど、ランチア・デルタ・インテグラーレだった。確か週刊プレイボーイだかなんかで「いま欲しい外車はコレだ」みたいな特集記事でBMW318iかなんかと並んでランチアの写真が出ていた。ジウジアーロデザインの四角いクルマの写真に一発でやられてしまったのだ。で、なんだか記事によるととてつもなく速いそうじゃないか。ワールドラリーというやつでも抜群に強いらしい。でもサイタマのド田舎では見たことのないクルマだ。。。。

 で、早速買ってきたカーセンサーで見てみるとなんと新車で500万以上もするではないか。当然中古に的を絞ってとりあえず横浜のG○Tまでクルマを見に行くことにした。埼玉から出てきた僕を営業君が駅までプジョー405で迎えに来てくれた。うーんいきなりフランス車ですか、それだけで僕はめまいがした。お店に着くと緊張はさらにでっかくなった。写真でしか見たことのなかったぴかぴかランチア、ルノー、フェラーリ、マセラティが並んでいた。まぁこの時点で完璧に「負け」ですわな。僕はガイシャパワーに圧倒されていたのであった。

 3日後、2年落ちのガンメタ中古インテグラーレの420万円の契約書にまんまと僕はハンコをついていた。これが悪夢の始まりとも知らずに。。とにかく納車の日は緊張した。初めての左ハンドルマニュアル車、しかもアイドリングのトルクは細いし、クラッチは重かった。で、横浜なんてまったく不案内だったし。どうやって帰ってきたかよく覚えてないよなぁ。でも車内は国産車にはない香りがしていたし、純正のレカロシートの生地はお洒落なミッソーニだったし、メーターパネルはなんだか派手だったし、どっかんターボの加速は凄かったし僕は舞い上がっていた。信号待ちでお店のウインドウに写る自分のクルマを眺めて悦に入っていた、ああなんてカッコいいんだ。。。。バカじゃん。

 クルマを買って3ヶ月、三鷹の東京天文台あたりを走っていたとき、突然クラッチペダルが床にへばりついて戻って来なくなった。そしてクラッチが切れないことに気がついた。そのころは回転合わせて繋ぐなんて技は持ち合わせていなかったので交差点の交番の前に止めた。交番から出てきた若い巡査は「こんなガイシャ乗るからですよぉ」と言った。これが初めてのエンコだった。クラッチレリーズ・シリンダーの死亡という、別に大したことない事例なんだけど、僕は激しく動揺した。それからはトラブルの百貨店、いろんなことが起きる。ABSの誤作動でブレーキが効かなくなったり、ガソリンじゃじゃ漏れ、雨の東北道大渋滞でワイパー停止、ラジエーターホース炸裂、リアデフが突然ロックして交差点を曲がれなくなったり、信号待ちでエンジン停止、自宅のガレージでエンジンかからなくなったり。。。。GS○の営業君は「イタ車なんてそんなもんすよ」の一点張りで逃げまくり。この極悪非道野郎はその後調布でロッ○コル○という欧州車のディーラーを立ち上げたらしい。僕は仕方なくディーラーをあきらめ、近所のビーズガレージにやっかいになることになった。
delta02.jpg
 本当に金のかかるクルマだった。年間平均で200万くらいつぎ込んでたのではないかな?最後のほうはさすがに観念して、ビーズガレージのTさんのご教授で自分で修理を始めた。千葉のほうに解体車があると聞き、ひとりでガソリンタンクを下ろしてリアデフをもらってきたり、足まわりのブッシュをイギリスから個人輸入して自分で交換したり、最後はタイミング・ベルトの交換までやった。(デルタのタイミング・ベルトの交換がいかに大変かは、やった者でないとわからないはず)
 元々1.6Lのコンパクトファミリーカーを4駆化、2Lターボエンジンを無理矢理乗せてしまったのでエンジンルームにはまったく手が入らない。整備性などというものをまるで考えていないので、工業製品にもかかわらず、個体個体で微妙に配線が違っていたりして酷いものだった。エンジンルームがぎちぎちな為にまるで冷却がなっていない。なのでゴム、センサー類が驚くべき早さで劣化した。日本向けはエアコンがついているのだが、そのせいでこれがほとんど利かなかった。普通のクルマで10万キロは持つはずのタイミング・ベルトはデルタの場合2万キロが寿命とされた。ターボ車なのでタービンまわりの熱も凄いものがあり、僕のデルタも最後はタービンがお釈迦となった。

 WRCのベースマシンというからには足回りは確かなんだろう?なんてことはまるで無い。グループAのマシンなんて市販車とはまるで別物なのだ。リアサスペンションのアームなんてペラペラで、バックで段差を乗り越えただけでへし曲がるそうだ。常磐道で「ふわわkm/h」出した時はどっかへ飛んで行かないようにハンドルをひっつかむのがやっとだった。鼻先に鋳鉄製の古くさくて重いエンジンを積んでいるので、サーキットでも回頭性が悪かった。曲がらねぇぇ。剛性も低くてぐにゅぐにゅだった。当時流行りだしたインターネットで調べてみたけど、ランチアのラの字もなかった。仕方なく自分のサイトを立ち上げて高島平にあったクイックトレーディングから入手したトラブル事例集を公開してみたら、全国から問い合わせのメールが来てびっくりした。やはりみんな困っていたのだ。これが1996年のことだった。
delta03.jpg
 そんな欠点ばかりのデルタだったけど調子いいときのドライブは快適だった。実は結構乗り心地が良く、レカロのシートのせいもあって6時間くらい連続で運転しても疲れなかった。ロングツアラーとしてのヨーロッパ車の良さを感じるにはじゅうぶんのクルマだった。この点は国産車は未だに遅れてると思う。こういう良さって所有して長距離運転してみないと絶対にわからない。
 そんなこんなで7年も乗って10万キロを超えたデルタは1999年に手放しました。また欲しいか?と言われるとカンベンだけど、調子のいい16Vに乗ってロングツーリングなんていうのは素敵かも。。


トップ ▲

アイドラーズ3時間耐久レース@ツインリンクもてぎ

2008年12月06日

 5時起床、クルマに分乗してもてぎへ。12月、流石にちょっと寒いね。
 7番パドック。
 スターティンググリッドは毎度くじ引きで決まるんだけど、今年は最悪。57台中、56番手スタート。トップから何分遅れのスタートなんだろ?これ。グリッドは最終シケインの向こう、ここからだとコントロールラインも見えない(爆笑)。今回もトップバッターはワタクシ。毎度の事ながらキンチョーしてます。
 ローリングスタートは一発で決まる。早速5コーナーまでで3台くらい抜く。エンジン快調、ブレーキもいいみたい。タイヤも暖まってきたころ、最終シケイン出口でアクセルちょん、と踏んだらなんとケツが出てその後、タコ踊り。目の前にコンクリートウォールが迫ってくる!「あああ〜、そっちには行きたくないよん。。。。」と念じたら180°後ろ向いてコース上で止まった。ああ、よかった。その後2周くらいはビビりまくって走行。どうやら走るにつれてタイヤずるずるのようである。
 後でわかったんだけど、これはとっつぁんの指金だったみたい。ビンボーチームなので中古タイヤでスタート。最後までタイヤを持たせるために空気圧を高めにしたらしい。こうするとタイヤが暖まって内圧が上がると接地面が少なくなって摩耗が少なくなるというわけ。その代わりグリップしなくなる。ほほほ。手元のラップカウンターでは2'38"がせいぜい。それでもほぼ最後尾スタートで20台くらいは抜いた。
 2番手、田伏にスイッチ。田伏も最初の2周はかなりいいタイムだったのに3週目からずるずるで、あちこちでタコ踊ったらしい(笑)それでも3番手ウチの弟は2'33"をマーク。名手でも3コーナーで飛び出したそうな。
 で、山が動く。4番手、アンカーのJunちゃんへのドライバー交換時にタイヤのエアーを抜く。もう、最後だから溝が無くなっても大丈夫だし〜。
 エンジンブローしてオイルを吹いてしまったクルマも。
 Junちゃん、鬼神の追い上げ。いよいよ15番手につける。そして14番手は式場さんたちのBXだ!追っかけろ〜。BXとのタイムは一周で5秒以上縮まってる。
ラスト1周、BXはすぐ目の前。僕らもピットレーンから飛び出して306を待つ。そしてホームストレートに帰ってきたのはウチのクルマが先だった。そしてチェッカー。
 おかえり。結果は総合13位、クラス10位、JETCカテゴリ3位という堂々たる成績でした。
 それにしても、どこの畑を耕してきたんでしょーか?(笑)
皆様、お疲れさま、そしてありがとうございました。

続きを読む "アイドラーズ3時間耐久レース@ツインリンクもてぎ"




トップ ▲

明日はもてぎ

2008年12月05日

明日はもてぎで3時間耐久。これから広島から弟が来ます。


トップ ▲

3時間耐久に向けて

2008年11月29日

 いつも散髪に行くシモキタの床屋。ご主人が病気療養中なので切ってもらえない。で、思いついて埼玉は志木駅前へ。実は僕は埼玉在住のころ、20年くらい通っていた床屋があるのだ。母が亡くなり実家を処分してからだから6年ぶりくらいだろうか?ここのご主人ももちろん覚えていてくれて、世間話しながら刈ってもらう。景気悪いねぇ、とそんな話ばっかり。
 頭がさっぱりしたので吹上のガレージへ。来週はもてぎで3時間耐久レースなのだ。
 クルマは夏の12時間耐久のときと同じ、プジョー306s16。メカニック担当の内田のとっつぁんによると、12時間耐久の影響ですでにボディーに歪みが出てるらしい。左右のフロントキャンバーが変わって来ちゃってるのだそうだ。
 12時間耐久で使用したフロントブレーキ・ローター。放射状にちりめんじわが出ているのが見えるだろうか?レーシング・スピードでの過酷なブレーキングによるものなのだそうだ。ウチはビンボーチームなので今度のレースもこのままで行く。
 レースなのでちょっといいオイルを奢ってやる。



トップ ▲

アイドラーズ車載映像

2008年08月10日


2008年7月20日アイドラーズ12時間耐久での車載映像。
ドライバーはワタクシ。クルマはプジョー306S16。


トップ ▲

アイドラーズ12時間+9分耐久レース@ツインリンクもてぎ

2008年07月20日

朝3:00起床。眠いぞ。4:00すぎにパドック入り。去年はサーキット入り口からパドックまで1時間半もかかっちゃったけど、今年はなんとゲートオープンは夜中の0時。すんなり入場できました。
 狭いパドックには9台がすし詰め状態。エントラントは130台を越えるから仕方がないんだけどね。兄弟チームの450アルファ145とBXと並んで整備。
4:50、ブリーフィング。夜が明け始める。結構ガスっているので涼しいかもね、なんて思ってたんだけど実は後で地獄のドピーカンとなるのだ。6:00からあたふたと車検。ま、いつもの内容なのでルーチンワークなんだけどね。朝飯のおにぎりが配られたのであわてて食べる。なにしろ今年の僕はファーストドライバーなのだ。今食べないと何時食えるかわからん。
 朝7時前、スーツに着替えてグリッドへ。今年のくじ引きは88番手。結構いいポジション。7:50、いよいよローリングスタート開始!130台がずるずると1コーナーを廻りはじめる。インフィールドは大渋滞。そしてホームストレート。一発でスタートが決まる。やはり今年のマシンは速い。競る相手が去年とは違う。そしてこの層はドライバーのレベルも高い。ちょっとでもミスるとインから、アウトからがんがん突っ込んでくる。なーるほど、そーゆーことですか。それならこっちも行かせてもらいますよ!って気になる。クルマの印象は去年の309よりはボディ剛性が高く、しかし重い感じ。タイヤは185だった309よりひとまわり太い195なんだけど鼻先の切り込みは鈍い。ただし、挙動はゆっくりとしているので扱いやすい。アクセルさえ踏んでいれば弱アンダーでずるずるハラミながらコーナーを脱出できる。うーんやっぱりUさんの作ったクルマは乗りやすいや。白眉なのはブレーキ。死ぬほど利く。バックストレートエンドで100mの看板切ってからフルブレーキでインに突っ込んでも十分曲がれる。おかげで今回はインからがんがん抜かせていただきました。ブレーキペダルはさすがにレーシングスピードではスポンジー気味にはなるけれど、これはこれで十分な感じ。エンジンはふけ上がりも軽い。レヴリミットは6800rpmなんだけど大事をとって6500rpmでシフトアップしてました。でもそうするとホームストレート、3コーナー手前、5コーナー手前、バックストレートでも5速に入ってしまい、シフトダウンが忙しいこと。調子に乗って前車を抜きまくっていたら2'35の最速ラップをマークしてました。これは今日のベストラップでもありました。ふっふっふ。
 僕がピットインしてすぐ、黄旗が出てセーフティーカーが入る。なんでもコース内で止まったminiにサイドから別のクルマが突っ込む大事故があったらしい。緊急招集がかかってレースを中止するか続行するかってことになったが、もちろん僕らの希望は続行。それにしても今年はマナーの悪いチームが多い。特に国産勢。ウチの306のバックカメラもオカマ掘ってきた国産車の映像をはっきりととらえていた。
 50分乗って次のO久保君にスイッチ。あー面白かった。結構ずるずるスライドさせてしまったので、ちょっと後悔。タイヤ減っちゃったかな。結局僕は30台くらいを抜いたらしい。
 それやこれやでいちばんの若手、O原にスイッチ。そしたらバックストレートエンドでストップしたらしい。携帯で連絡したらシフトリンケージが外れたと。なんだ、今年もやっちゃったか。O原はマーシャルに回収されてきた。みんなで押してピットへ戻る。早速ジャッキアップ。Uさんと助っ人ドライバーのN村さんがクルマの下へ潜る。N村さん、外れたリンケージを発見。パーツが破損したわけではなく、外れただけらしい。行けるぞ。なんだかんだで45分でコース復帰。
 各ドライバー、2'40あたりで順調に周回。一時は120位まで順位を落としたけど、じわりじわりと上げてきた。それにしても朝は涼しかったけどお昼頃はむちゃくちゃ暑く、エンジンパワーが上がらないらしい。しかもベーパーロックを起こして、ブレーキペダルは2回踏まないと利かないという報告も。それでもみんな2'37くらいをマークしているのは流石。で、ラッキーにも夕方、太陽が陰って涼しくなってきたところで僕の2回目のドライブ。フロントタイヤがだいぶ減ってきたので僕のドライブのあと、タイヤ交換となった。2回目のドライブは控えめにブレーキングを50m手前にして余裕をもってコーナリングするようにした。なにしろ、夜8:00まで持たせなきゃね。
 気温も下がったのでエンジンパワーもばっちりだし、ベーパーロックも無くなって安心して飛ばせるようになった。18:00を過ぎてTシャツ一丁だと肌寒いほど。クルマもヒトもこれなら調子いい。
 なんだかんだで最後まで来てしまう。当然最終ドライバーは「夜の帝王」、Jちゃん。守りに入って流すクルマが多い中、ひとりでガンガン抜きまくるw。
で、20:09無事チェッカー。お疲れさまでした、みなさんのおかげで今年も完走でございます。結果はまぁ、いいとしてね(総合63位)。みなさまありがとうございました。
08072013.jpg
あとの写真はここ>>


トップ ▲

12耐前夜

2008年07月19日

 お昼すぎにガレージに集合。レーシングオイルに交換、タイヤやらジャッキを積み込んで洗車。それから3台でつるんでツインリンクもてぎへ出発。僕は「神様」Uさんを助手席に乗せて、競技車の306を運転。耐久用の特注ブレーキパッドは「死ぬほど」利くので、町乗りはエライ大変。一般車の感覚でブレーキ踏むと「カックンブレーキ」になっちゃうのよ。それにしてもUさんを隣に乗せて、このヤッカイなブレーキを操って街乗りするのはかなり大変。ヘタクソな運転だとボロクソ言われて足蹴ってくるようなヒトだからね。幸いUさんには太鼓判をもらい、もてぎ入り。ちなみにサーキット近くのレストラン蘭は美味くて安いよ。
 それにしても暑い。熊谷は35℃だった。全国的に梅雨が明けたらしい。サーキットホテルで晩酌して夜10:00ころ就寝。


トップ ▲

秒読み12耐

2008年07月13日

もてぎ12時間耐久レースを来週に控え、ガレージに招集がかかった。
 ネットで一本一万円で買った6.5Jのホイール。結構冷却は良さそう。
 ヤクオクで落としたBRIDEのバケットシート。今までのよりホールドはいい。これで両肩もホールドしてくれるとカンペキなんだけど。。。
 ドリルで通風口を空けてみる。それにしても今日は暑かった。来週は涼しいかなぁ。。。



トップ ▲

作戦会議

2008年06月25日

7/20のもてぎ12時間耐久に向け、夜作戦会議。いまのところドライバーが5人しか確定できず。7人でいっぱいいっぱいなのでこれはきつい。誰か乗りたいひとはいませんか?クルマはプジョー306のS16。6速ミッション右ハンドルのモデル。レーシングスーツ、グローブ、シューズ、フェイスマスクがあればライセンスは必要なし。そのほか、エントリーフィー、ガソリン代等で7万円くらいになりそう。


トップ ▲

2007アイドラーズもてぎ3時間耐久

2007年12月15日

 5時半起床。YっちとSAABで浜田山へ。ここから4人で相乗りしてツインリンクもてぎ入り。常磐道が事故渋滞でちょい遅刻しちゃった。
 早速ゼッケン貼りしたり車載カメラを取り付けたり、やることは多い。そうこうしてるうちにドラミ。なんだかんだ言ってメシ食ってるヒマも無いんだよな。
07121504.jpg 朝っぱらからビール買っているヒトも(笑)

 となりはMGB、そしてじうちん。スターティング・グリッドはくじ引きで42番手。
07121508.jpg
 さあ行くぞ。ファースト・ドライバーはO村。
 今回はまだ足ができていないのでテストがてらのレース。ショックはビルシュタインが入ってたけど、所詮峠仕様。街乗りがらくちんなくらい乗り心地はいい。なので各ドライバーがクルマに慣れることも目的のひとつ。O村は大体2分40秒台でラップ。前のPeugeot309で2分45秒がやっとだったのを考えるとエンジンパワーの差は歴然。2番手のT伏は2分34秒のベストラップ。これはいけるぞ、と思ったけどO村の話だと「どアンダー」。車高は落ちているけど、ノーマルの足だもん、そらそうだ。3番手のJちゃんに期待がかかる。前半は2分40秒を切ったりしてたが後半はタイムが延びない。携帯で連絡すると「もう、タイヤがずるずる」だそうだ。
 そしてワタクシ。飛び出してすぐの3,4コーナーで悟る。「あー、タイヤ死んでますね」。あと、どうしても僕は悪い癖があるらしく3速に落とすときに5速に入れちゃう。手のひらで押してるだけなんだけどなぁ(泣)。サーキットスピードだと全然曲がらない。かなり車速を落としてコーナー侵入しないと鼻が向いていかない。で、コーナー飛び込んでもアクセル開けるとずるずるとはらむからタチが悪い。ただ、限界を超えても挙動は緩やかで御しやすい。そして車体剛性は309とは大違いでびしっとしてる。シフトミスと曲がらないクルマと格闘してなんとか2分40秒がベスト。ただしストレートの延びは素晴らしい、直線番長。バックストレート・エンドでは180km/h以上出た。
 最後は社長が〆。結果は総合43位。
おつかれさまでした。残りの写真はこちら>>


トップ ▲

三浦禎雄

2007年12月11日

 ネット上で発見したウチの弟の勇姿。すげー速ぇーだべ、これ。ちなみに本年度全日本ダートトライアル年間ランキングは16位だった模様。



トップ ▲

レース前整備

2007年12月09日

 来週はもてぎで3時間耐久レース、ということでみんなでガレージ集合。主要な整備は神様の手によって終了してる。エンジンオイル、ミッションオイルを交換して、僕はフロントガラスにガラコ塗り塗り。車載カメラ用配線の処理。ラップカウンターを取り付け。スパルコのバケットはちょうどいい案配かも。足が近くて手が遠い「サルポジ」は相変わらず。またまたちょこっと試乗してみるが、やはり一般道では怖くて踏めない。でも2速6,000rpmくらいまでは引っ張ってみた。これだけ速いともてぎのバックストレート・エンドでは180km/hオーバーだと思われる。そうなるとブレーキが心配。6速のシフトは縦方向のストロークはかなりあるが横方向がちょっとしかない。シフトミスが心配。2速と4速間違えそうになる。ビンボーチームなのでタイヤは前回使ったやつで山がありそうな中古を使う。
ところで、こんなん来ました。博物館ではよく見るけど、動いてるのは初めて見たかも、ボンドカー。キャブの吸気音がタマラん。数千万?ん?



トップ ▲

306試乗

2007年11月23日

 クルマが仕上がったというのでガレージへ。みんなで試乗してみてびっくり。無茶苦茶速い。トルクが太くてどこからでも加速する。車重が増えたかわりに剛性も309より格段にアップ。正直言うと公道だと速すぎて怖い。これ、いいかも。


トップ ▲

外車を乗り回し。。。

2007年11月16日

 未だにそんな言葉で語ってしまう、脳タリンな週刊誌。やれやれ。


トップ ▲

次期FSX

2007年11月03日

 ひさびさに吹上のガレージへ。ウチの次期FSXと初対面。外装はかなり綺麗な個体。プジョー306 S16。6速トランスミッションをもつ。これならもてぎでも3,4,5速が使える。エンジンはツインカム16vの強心臓。国産勢にもついていけそう。



トップ ▲

2CV

2007年09月25日

th_photo3.jpg 出勤すると、いきなりバタバタ。夜はYっちと家タコライス。ところでワシントンにある「フレンチ・パーツ・サービス」っていうシトロエン2CVのパーツ屋さんがあるんだけど。。。そこのホームページの表紙の左下のブルーのスペシアル。。。なんと元、僕のクルマです。感慨ぶかい。



トップ ▲

なんとか出勤

2007年07月17日

 結局サーキットでは一睡もできなかった。22時間は起きてたことになる。死ぬ気で起きるとYっちが風邪ひいてた。相当調子悪そう。こちらはよたよたと出社。昼間メールすると「気持ち悪くて何も食べてない」なんて言ってる。帰りにオリジン弁当買って帰る。僕は晩酌しながらストップウォッチ片手に昨日の車載ビデオを観る。ドライバーによってブレーキングポイントもギヤもラインも全然違って面白い。




トップ ▲

2007アイドラーズもてぎ12時間耐久その2

2007年07月16日

で、309は順調に周回を重ねる。5番手のY路さんから6番手、カントクのJちゃんへスイッチ。僕が「かなりイケるよ」と吹き込んでおいたのでJちゃん張り切る。張り切りすぎて2回くらいスピンしてたなぁ(^o^)本人「アドレナリンあがりすぎ」と、反省のような反省でないよな発言してた。ところが黄色旗中にコースアウトしていたことが発覚、またまた15分のペナルティを食らう。身代わりに食らったのは2順目のO村。
大ペナをやらかすと、このようにお奉行様の前で土下座、小学校の教科書問題をやらされる。結構難しいらしい。

去年僕が乗ったチームよごれのAlfa145もブレーキパッド交換でピットイン。朝入れた新品パッドが、まだ6時間経たないのにすり切れたらしい。コレを見よ!



 そして僕の2回目のドライブ。2周目、5コーナーを回ったあたりでいきなしパワーダウン。あれ?あれ?アクセルをあおるが反応なし。エンジンストップしたのでグリーンに乗せて止まる。セルは回るが初爆も来ない。フューエルメーターを見るとほぼEnptyだった。なんと、ガス欠か。でもおかしいぞ、そんなはずはないよ。オフィシャルに牽引されグラベルからコース外へ排除される。最悪な気分。その後やっとこさっとこピットまで牽引される。ついでなのでフロントタイヤ2本を交換、そして給油してセルをひねるが。。。。初爆が来ない。ガス欠させてフューエルホースにエアを噛んだのかも知れない。とっつぁんがフューエルポンプのホースを外すとガソリンが吹き出す。違う!こっちじゃない。それなら点火系か?プラグを抜いてクランキングするが思ったより火花が弱い。イグナイターに熱が回ったか?仏車にはよくあるトラブル。僕も2CVでエンコして濡れぞうきんで冷やしながら帰ってきたことがある。それでもとっつぁんは思うところがあるらしく、フューエルポンプを外し始める。カントクのJちゃんはサポート、僕はいつでも出られるようにフェイスマスクをかぶったまま照明係。ポンプを引っこ抜き裏返すとなんと、ガソリンの中にコネクタと電線がぶら下がってた。これが振動で抜けたせいだった!309乗りには有名なトラブルらしい。前回の3時間耐久の直後、エンコしたのもこれが原因だったんだそうだ。クランキングすると。。。果たしてエンジンがかかった!レギュレーションを考え、ドライバーはKケンにスイッチしてピットアウト。やれやれ、これでまた1時間以上ロスした。
みんなに押されてピット帰還。ちょっと泣き入る

フューエルポンプを外しにかかるとっつぁん。緊迫。

 仕切り直しでまたまた僕がドライブ。天候は悪くなり、ほんの少し霧雨が降り始めた。薄暗いのでコントロールタワーには「Light On」のサインが出る。2回目のドライブ、3速と4速のシンクロがヘタっていた。ていねいにシフトしないと「ぎー!」とギア鳴りしてしまう。ブレーキングでのケツは何故か出なくなっていたが、全般的に効きは悪くなっている。気温が下がったのもあるのだろう、路面もスリッピーになってきたのかアンダーが出始めた。1回目のドライブほど突っ込めない。体力も衰えてきてるみたいで集中力が持続しない。2'50"をキープできない。あと、上位争いの国産車勢の幅寄せ、割り込みが度を越してきた。危ないったらありゃしない。それでも今回の収穫はインフィールドのS字の突っ込み。ここでずいぶん他車を離せるようになった。途中、縁石をヒットしたら左側で「ごけ」と音がしてサイドミラーが折れて垂れ下がる(^^;コンクリートでヒットしたときに折れたんだな。でも後ろが見えないよ〜。そして45分のドライブ、もう疲れた、やだよーと思っていたらやっと電話が来る。「あと2周よろしくね」で、ピットイン。僕の今日のドライブ終了。
夕暮れでございます。この時点でもてぎを去ったクルマも多数。

 なんだかんだ言って、最後まで来てしまいました。あれこれありましたが、最後のドライバー、Jちゃんが準備してます。
最後のドライバーはやはりこの人。夜の帝王、Jちゃん。

そして8:07。チェッカーが振られました。よくぞ走った。チームよごれの145も完走。あちこちのピットで歓声があがります。結果はフェローズクラス77位、総合103位ってところでしたが、まぁ、なによりの完走でございます。

で、表彰式のあとY路さんのキャンピングカーでお茶で乾杯。夕飯食って僕とT伏は帰還。家に着いたのは12時半でした。みなさま、ごくろうさま、お疲れさま、そしてありがとう。来年はあるのか?最後に惨状を。


はい、ごくろうさま!

なお、衝撃のクラッシュシーンはこちら(mixi限定)




トップ ▲

2007アイドラーズもてぎ12時間耐久その1

2007年07月16日

 死ぬ気で3:00起床。4:00ゲートオープンだっていうのにゲート前は数百台のエントラントのクルマで大渋滞。結局パドックへ入れたのは5:00ころだった。なんとかして欲しいなぁ、これだけは。今日のドライバーはカントクのJちゃん、僕、O村、Y伏、Kケン、そしてゲストのY路さんの6人。Y路さんには田丸美寿々から激励のメールが来たらしい。復活するはずのSちゃんは風邪と下痢でダウン。12時間を6人で回すのはきついぞー。ただ、前日までの台風の凄い雨は明け方には上がった。よし、今日はドライで行ける。
本来は4台のパドックに10台つっこむのだからエラい騒ぎになる。お隣さん同士仲良くならんとね。カメラを設置したりオイルを交換したり、車検に備える。

この大騒ぎの仕掛け人、清家さんによるドラミが始まる。今日の出場第数は140台以上。セーフティカーは列の前後に入る。

なんだかんだでクルマをグリッドに並べる。くじ運の悪いカントクの引いた順番は130番。ほぼオケツじゃん。ファーストドライバーはO村。すんなり決まった。

8:00全車一斉ローリングスタート!ここから12時間7分の長いレースが始まる。

 無事スタートして、やれやれなんてひと心地。さて、タイムはどれくらいかしらん?とパドックへ戻ってきたら、モニタを見ていた連中が叫んでる。「309クラッシュ!」駆け寄ってみるとホームストレート前のシケインで309が止まってる。クルマはよろよろとコース復帰した。見ていた人の話だとリアがブレイクしてそのままコンクリートウォールへ突っ込んだんだそうだ。すかさずドライバーのO村に電話すると「ダイジョーブでーす(涙)」というか弱い返事。次の周でピットイン、ボディの損傷をチェックする。前後フェンダーをヒットしていてタイヤのサイドウォールを擦っている。Upowerとっつあんは足回りをチェック。問題ないらしい。怪力のSゃちょがバールでリアフェンダーをこじってクリアランス確保。割れたフロントウインカーレンズを取っ払い、玉交換。あとはガムテープぐるぐる。衝撃でグリルも浮いちゃっているのでボンネットもテーピング。いきなしガムテープスペシャルになっちゃったじゃん(; ;)
こっち側は綺麗なんだけどねー(^^;

2周してO村ピットイン。T伏にスイッチしてピットアウト。走るぶんには問題ないようで一同ほっとする。恐縮しまくるO村だったけど、とっつぁんの証言によると、直前にそのあたりにオイルをぶちまけてたクルマが通ったらしいから、まーしょーがねーよな。
 というわけで僕の順番が早く回ってきてしまった。あわてて準備する。流石に久々なのでキンチョーしますです。20Lの給油をしてスタート。O村とT伏の情報だとハードブレーキングでケツが左に流れるらしい。とっつぁんの話だとリアの左のロワアームのブッシュがかなりヘタっていてアライメントが崩れるらしい。どれどれ。ピットアウトして5コーナーの進入でハードブレーキ。なるほど左ケツが出るのでカウンター当てながらのブレーキングになる。でもコーナーへの切り込みは早い。コーナリング中は安定して4輪で弱ドリフトしながら抜けられる。これは面白いぞ。とっつぁんのセッティングは伊達じゃない。必ずブレーキで左ケツが出るんだから予めカウンター当てる準備しとけばいいだけだ。
 1周目、コントロールタワーを過ぎたときに「ゼッケン21番.....」てアナウンスが聞こえたような気がした。ん?なんだ?そういえばコントロールタワーのフラッグを見落としたじゃん。ま、次いこ次。とっつぁんの作った足に感謝しながらスターレットや86とバトりながら2周目。コントロールタワーを見上げるとブラックフラッグ、車番21!オレじゃん!オレ、何やったっけ?まだピットアウトして2周。イエローも出てなかったよなぁ。。。。ピットインしてオフィシャル前に召喚。聞くと「スタート時の追い越し」らしい。スタート?え?なに?あ。。。O村じゃん。つーことでO村の罪をワタクシがかぶったのでした。お沙汰はピット15分張り付けの刑。なんだよー、それ。暑いじゃないか。
 気を取り直して再スタート。とっつぁんの足回りセッティングは乗りやすい。ハイパワーの国産車にはストレートでは離されるが、コーナーではがんがん抜ける。ドライバーの腕もあるけどポルシェも一度ぶち抜けた。Alfa145とは互角の戦い。それにしても軽量を生かした309のコーナリングはバッチリ。ブレーキは「恐ろしく」効く。乱暴に踏むとスリックなのにあっというまにロックする。デリケートなブレーキングが必要。そして自己ベストは2'44"。4番手のKケンにスイッチ。やぁ、楽しかった。国産勢と競り合えるってのは凄い。
テントはよごれ145チームといっしょ。

出走前、シートベルトを締めてもらってるワタシ




トップ ▲

台風

2007年07月11日

 え〜、アイドラーズ12時間耐久レースは7/16(月)でございます。そんでもってなんだか知らないが、台風来てます(^^;森田さんは「直撃」なんて言ってます。スーパーウェット通り越して、スーパーレインでんがな。台風なんか来たらバックストレートには大河が横たわるでございましょう。
 あ〜、またくるくる回ってしまうんでしょうか。困るなぁ、困りますよ。大体スリックよりラジアルタイヤの方が高いんですよ!つーか、ソレ以前にタイヤ買うカネなんて無いんですから。




トップ ▲

耐久準備

2007年07月07日

来週の12時間耐久に合わせ、吹上ガレージへ集合。クルマはほぼ仕上がっている。こないだのスプリントレースではO君が2'42"のベストラップを出している。2'45"くらいでラップできればクラス上位もイケそうである。燃費もそこそこ。309みたいにパワーの無いクルマは燃費で勝負である。12時間耐久ということでエクストラドライバーのみなさんとも初めてお会いしてご挨拶。当日は僕も含めて7人で乗る。ひとり50分を2本走らなくちゃ。
 なにしろこないだの3時間で証明されたけど、雨が降ったらダメダメである。ビンボーチームなのでタイヤが買えない。かといってカンカン照りだとドライバーが死ぬ。一昨年のレースでは熱中症で救急車出たらしいし。




トップ ▲

アイドラーズ300km耐久レース@ツインリンクもてぎ

2007年05月06日

 レース当日。天気予報は見事に当たり、朝からどっぷり曇ってる。ビンポーチームなので、最初から雨のつもりでSタイヤは夏まで温存、もともとついてたラジアルタイヤ(ミシュラン・パイロット・プレセダ)で走る予定。小雨混じりの午前中の練習走行ではO村、T伏、僕の順番に走って同クラスのスリックタイヤ勢の10秒落ち、2'10"くらいのタイムで走れた。初めて走る東コースはショートカットの複合1コーナーがテクニカルで難しい。クルマはパワーもそこそこでコーナーの入り口での挙動が鋭い。結構いい感じ。でも乱暴なアクセルワークだとオーバーステアが顔を出す。でもまぁ、これならそこそこのタイムで行けそうだと思ったんだが。。。。
 昼飯食って14:30のスタートをひたすら待つ。他のレース関係のスケジュールの合間を縫うイベントなので仕方がない。でも屋根もない駐車場で何時間も待つ、待つ。家の事情で遅れて到着したカントクJちゃんも渋い顔。でもまぁ、タイヤは5分くらい山はあるし、じっくりクルマ温存で行きましょう、みたいな感じではあった。少なくともこの時点ではね(笑)

 出走は押しに押して15:30。雨はもう、土砂降りと言ってもいいだろね。コース上にはあちこちに川が流れ始めてる。チームによってはドライ用のSタイヤのままでグリッドに並べてたりする。それを見た僕ら「危ないよなぁ」、なんて言ってた。実は一番危なかったのはオレらだったのに(爆)。

 ローリングスタート。ファーストドライバーのO村は快調にラップを重ねる。大体2'15"くらいか?チームよごれの145と比較してもまぁ、同じくらいなのでいいんじゃないの?なんて言ってた。それが5周くらいしたらがくんとタイムが落ちた。あら?どうしたんだべ?30分してピットイン。O村は疲れ切って「途中からまったくグリップしなくなった」と言う。何回かスピンやコースアウトもしてしまったらしい。2番手のT伏もまったくタイムがあがらない。ヘアピン手前のVコーナーで観戦してたU師匠、「アイツ全然踏んでないぞ」と指摘。指示してないのに予定よりかなり早くT伏がピットインしてきてしまった。慌てて給油の準備、僕もフェイスマスクを被る。クルマを見ると泥をかぶって草を噛んでる。コースアウトしたらしい。T伏も疲れ切って「全くグリップしない。クルマ壊しちゃまずいので戻ってきた」と言う。
 うーん、どういうことなんだろう?4点ベルトを締められながらちょっと緊張。O村だってT伏だって仮にも去年Alfa145で12耐を走りきったドライバーなんだぞ。複合1コーナーを過ぎた130R手前の右コーナー手前でブレーキをどん、と踏んだらすべてが分かった。あっという間に4輪フルロック、エンジン停止。全く止まれない。タイヤの縦方向のグリップがほとんど無かった。インフィールドのS字は川がナナメに流れていて、横切るとクルマがタコ踊りを始める。130Rで全開くれてやると4輪ドリフトでアウトにはらんで行って、縁石でやっと止まる。とにかくコーナリングの途中でほんの少しでもアクセルを開けるとはらんだり、尻が出たりする。はらむ分にはじわっとアクセルを戻せば止まるが、尻が出始めると立て直しは不可能。オーバーステアが酷くて超センシティブ。40分くらいのドライブだったけど、結局ブレーキングで飛び出しそうになったのが2回、スピンが5回。とにかく、後からやってくる早い連中(つーか、ここを走ってるクルマでウチらがどん尻だったと思う)に道を開けてやることができないのよ。自車のコントロールだけで精いっぱいなのだ。「おめーら近寄るな!当たるぞ」と叫びつつ、1団が過ぎるのを待つ、って感じ。それでも誰にもぶつからず、グラベルにも突っ込まなかったは不幸中の幸い。
 最終ドライバーの監督Jちゃんにスイッチ。このひとだって普段はポルシェ遣いで、サーキットも結構走ってるのに。。。。3回スピンしてた(笑)

 まぁそれにしてもクルマを壊さなくてよかった。でもホント辛いドライブだった。全然楽しくないもん。去年乗ったチームよごれの145はSタイヤで走ったのに総合で12位。うちらはどうやらタイヤチョイスを間違ったか。でもさ、土砂降りでSタイヤと5分山のラジアルだったら、ラジアル選ぶでしょ、フツー。ホテルでU師匠も交えて反省会。流石のU師匠も「やっぱタイヤだんべ」と認めてた。だって4人ともずるずるスピン大会だったもんね。え?順位?40台中23位くらいだったっけ?どっちでもいいや、そんなもん。やれやれ。




トップ ▲

レース前夜

2007年05月05日

 準備をしたりして過ごす。オヤジさんの病気で参加できそうになかった監督、「行けそう」とのことで阿佐谷で打ち合わせ。出走順やら給油のタイミングとか。。。。そして天気予報は大雨なのよね(; ;)どーする?




トップ ▲

レース前調整

2007年04月29日

 レース前の最終調整でガレージへ。神様「U」さんをはじめ、ドライバー3人がすでに作業中だった。僕もボルトを金ノコで切り落としたり、車載カメラ用のインバーターを取り付けたり、配線をこさえたりする。




トップ ▲

どなどな

2007年03月31日

 午前中、浜田山へ。Puntoを引っ張り出してエネオスのスタンドで手洗い洗車。11時に新しいオーナーが来て納車完了。初台戻ってYっちと昼飯。夕方今度はSAABをB'sに出しに行く。夜はガラ空きの七福で呑み。




トップ ▲

Citroen GS

2007年03月28日

弊社社長のGSを吉田匠が試乗、もうすぐTipoに載るらしい。
http://takumi-yoshida901.way-nifty.com/start/2007/03/post_2.html
乗るとね、いいんだよなぁ、コレ。




トップ ▲

クルマ売りたし

2007年03月17日

 というわけでクルマ売ります。1997年型フィアットプント・カブリオ、2ドア4座のオープンカーです。幌は電動で開閉します。エクステリアデザインはこのカブリオだけはベルトーネが担当。ボディにはそのエンブレムがつきます。リア窓はビニール。旧くなると紫外線にやられて白っぽくなり、酷いモノになると割れたりしますが、このクルマは屋根付き保管なので後方視界もバッチリです。なにしろウリは低走行(23,000km!)、車検も長い(平成20年5月!)。ETCもついてます。

 エンジンは名車フィアット・パンダと同じ4気筒1.2リッターSOHCのFireエンジン。イタリア人みたいにがんがん回して乗ればパワーの無さもなんのその。活発に走ります。トランスミッションは日本のスバル製無段変速AT(CVT)。ちょっとクセはありますが慣れればOK。ステアリングは右で、もちろんパワステ。バッテリーとフロントブレーキ・ローターは昨年の5月に交換したばかり。

 問題は、買った当初にやられた車上荒らし。ドアとトランクリッドをこじ開けられた跡があります。何も盗られなかったのですが、はらいせに蹴られたらしく(; ;)バンパーに割れが、トランクリッドに凹みがあります。よく見てみないと気が付かないくらいのものですが、このあたりを気になさる方にはオススメできません。

希望価格:290,000円
メーカー名:フィアット
車種名:プント
グレード名:カブリオ
排気量:1.24L
年式:平成9年5月
走行距離:23,100km
色:黄
車検有効期限:平成20年5月
ドア数:2
乗車定員:4
駆動方式:FF
燃料:無鉛ハイオク
ハンドル:右
所有者歴:2
現状渡し

エアコン、パワステ、パワーウィンドウ(前のみ)、集中ドアロック、ABS、エアバッグ、赤外線キーレスエントリー、カセットデッキ・AM/FMラジオ、少なくとも私は禁煙(^^;エアコン快調

お問い合わせなどはmin2_602@yahoo.co.jpまでメールでお願いします。

続きを読む "クルマ売りたし"




トップ ▲

山動く。

2007年01月06日

 副隊長から招集がかかる。Puntoで秘密のアジトへ。僕のマイミクのhosacarito♪さんからもらったPeugeot309。Alfa145には見向きもしなかった神様が頼みもしないのにどんどんイジり始めちゃった。つーことで我々一般戦闘員も呼ばれたワケ。

 まず、神の手は足回りから。「レーシングカーはまずは足だんべ」と神は宣う。フロントショックはAE92レビン用の車高調、減衰力調整可能なTOKICOのやつが付いてた(^^;キャリパーだって加工されて、シトロエン・エグザンティアの後期型用のが付く予定。真ん中の写真で違いが分かるでしょ?もちろん左がノーマル。ブレーキ、めちゃめちゃ効きそう(^o^)アッパーマウントも加工されてるのでキャンバ調整も自由自在。

 リア足回りも加工は続く。トレーリングアームは一旦ぶった切られ、溶接し直してネガキャンが付いている。リアショックの取り付け部もダンピングレートを上げる目的で移動されてる。切った貼ったの世界(^^;リアショックは副隊長がヤフオクで落札したKoni。

 あとは我々一般戦闘員にできることは力仕事だべ。つーことで内装はがしとサンルーフ外し。重たいガラスサンルーフの代わりはボール紙か、はたまた農業用ブルーシートか?みたいな。みんなで夕飯食って解散。

続きを読む "山動く。"




トップ ▲

Puntoのワイパー

2006年12月24日

 視認性が極悪になっていたPuntoのワイバーブレードを交換しました。思い切ってブレードごと新調。国産のPIAAにしたので次回からは安いはず。型番は
運転席側:SSU60
助手席側:SSU40
SSUってのは型落ちしてるらしく、たぶんSSCってのが対応してるはず。クリップは何個かついているけど、一番小さいのが使えます。撥水剤って嫌いだったんだけど、ここのところオヤジになって視力が落ちてるらしく、雨の夜とかはちょっと運転が怖いのよ。なので視認性優先ということで10年ぶりくらいに撥水コートしました。でも2本で6,153円(高井戸のオートバックス)、散財。




トップ ▲

カーセンサー

2006年11月23日

 11/22日発売のカーセンサー関東版06/12/22号の65ページ。ちゃっかり載ってます。正にぎっくり腰をこらえてる写真です(^^;;;;
 
 
 




トップ ▲

やっちゃった

2006年11月03日

 朝歯を磨いてたら咳が出た。そのとたん、腰に電流が走る。あ、やっちゃった(; ;)ここんとこ気をつけてたのになぁ。そして今回のは「かなりヤバい」。歩くのが大変。
 それでも腰をなだめつつPuntoで代々木公園の駐車場へ。何故かカーセンサーの取材依頼が来ちゃったのである。僕を待っていたのは若い記者ひとりだった。まだ24歳で、今回初めての単独取材なのだそうだ。だいじょうぶなのかなぁ?外で話すのもなんだからとうちのマンションへ移動することにした。最後に自宅前で写真を撮っておしまい。11月後半のカーセンサーに掲載されるそうです。
 腰の調子は悪い。出かけるのが大変なので蕎麦を茹でて昼飯。久々にギターの練習したら、たった2時間しか弾いてないのに指が腫れ上がる。ダメだなぁ、ダサダサ。やはり腰の調子が悪いのでごろごろしたり本を読んだりして過ごす。
 夜はなんとかよちよち歩きで初台へ。Yっちとひさびさの焼肉。帰り道、歩くのがツライ。




トップ ▲

Citroen C4 Picasso

2006年10月26日

 シトロエンC4ピカソが出たらしい。C4以来キレたデザインは凄い。いいねぇ。ミニバンって好きじゃないけどこれならちょっといいかも。でも7人乗れなくてもいいかな。




トップ ▲

e燃費

2006年09月24日

 Yっちを銀座まで送って帰りに明治通りのシェルのGSに寄ってみたらセルフだった。ハイオクが147円。んでももってe燃費に入力してみると。。。。9km/Lだった。うーん、イマイチだなぁ。プント カブリオ 1200cc (176AR2) CVT FF 初代 セレクタ ユーザーの平均は10.8km/Lだそうだ。負けてるじゃん。。。今回も街乗りだったもんなぁ。最近どーもステアリングが重いなと思って久しぶりに空気圧をチェックしたら2.0kgf/cm2しか入ってなかった。2.2kgf/cm2までぷしゅー。。。。
 部屋に戻って今日も引き続きWEB構築。家で仕事してるようなもんだが、スタイルシートとかレイヤーとか遅ればせながら知っておかないと仕事ができんもん。.xhtmlドキュメントではレイアウトにテーブルタグを使ってはならんらしい。ん〜それはチョー厳しいではないか。。。悪戦苦闘する。
 Yっちが作っておいてくれたチャーハンをチンして食べ、部屋の掃除、洗濯物を畳む。夜はふたたびPuntoで銀座まで。夕飯は初台だいぶつ。




トップ ▲

クルマ

2006年09月08日

 夜、マイミクのシトロエン好き3人で神保町で食事。実はひとりは某中古車雑誌の編集長でもある。彼は僕が昔やっていたシトロエン・エグザンティアのホームページがお気に入りだったらしい。本当に恐縮です。つーことで2CVに引き続き、エグザンティアとデルタのホームページを復活させておきました。それにしても。。。。随分重整備やってたもんだなぁ。
シトロエン・エグザンティア
ランチア・デルタ・インテグラーレ
 Yっちは初出勤。行きも帰りもタクシーだったので交通費だけで7,000円。。。意味ないじゃん(^^;仕事場でお昼にはすでに激痛だったらしい。ロキソニンを倍飲んだが効かず。。。それでも救いだったのは職場の同僚達の暖かい態度だったそうな。もう、ここ何日もYっちは酷い夢でうなされてた。「会社に行ったら全員にシカトされる夢」だそうな。むーん。




トップ ▲